花宴 その十
寝殿には女一の宮、女三の宮がいた。光源氏は東の戸口から入り、戸に寄りかかって座っていた。
藤の花はこの御殿の東側の角あたりに咲いていたので、格子などはみな上げてあって、女房たちも御簾の際に出ていた。
御簾の下から女房たちの袖口などが出ているのが、踏歌の時の出し衣のような感じで、わざとらしく派手に御簾の外にはみ出しているのも、今夜のような内輪の宴には、ふさわしくないように見えた。それにつけても、まず藤壺の御殿の奥ゆかしさを思い浮かべるのだった。
「気分が悪いところへ、無理やりお酒を勧められてしまい、苦しくて困っています。恐れ入りますが、こちらの姫宮様なら、少し物陰にでも隠してもらえないでしょうか」
と言って、光源氏は妻戸の御簾を引きかぶるようにして上半身を部屋の内へ差し入れると、
「まあ、困りますわ。身分の低い人なら高貴な縁故に頼ったりすると聞いていますけど」
と言う様子を見ると、重々しくはないものの、並々の若女房ではない。いかにも高貴な風情のある様子がありありとわかる。空薫物の香りが、部屋の内に煙たいほど匂っていて、衣擦れの音もことさら華やかに聞こえるように振る舞っている。
奥ゆかしく奥行きのある雰囲気は欠けているものの、現代風な派手好みの邸宅なので、高貴な女宮の方々が見物するにしたがって、姫君たちもこの戸口の向こう側に座を占めていることだろう。
場所柄それ以上の不躾なことは控えるべきなのだが、光源氏はさすがに興を抑えきれず、あの朧月夜はどの人なのだろうか、胸がときめいてきて、
「扇を取られて辛い目を見る」
とわざと間延びした声で催馬楽の替え歌を謡って、下長押に寄りかかった。
「変な、変わった高麗人ですこと。帯ではなく、扇を取られたなんて」
と答えるのは、わけの知らない人なのだろう。何も言わないで、ただ時々ため息をつく気配のするあたりへ、光源氏は身を寄せていって、几帳越しに手をとらえて、
梓弓いるさの山にまどふかな
もの見し月のかげや身ゆると
「なぜでしょうか」
と当て推量に言うと、中ではとてもこらえ切れないのだろう、
心いる方ならませば弓張りの
月なき空に迷はましやは
と言う声が、まさしくあの朧月夜で、それはもう嬉しくて飛び立つ思いなのだった。
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