紅葉賀 その十九

 光源氏は頭の中将に見つけられてしまったことを、ひどく口惜しく思いながら眠った。源典侍はすっかり呆れ果てた気がして、あとに落ちていた指貫や帯などを、翌朝、光源氏に届けた。




 恨みてもいふかひぞなきたちかさね

 引きてかへりし波のなごりに




「涙も枯れ、涙川の底もあらわになってしまいました」



 とあった。


 光源氏は何とあつかましいことか、と見て、源典侍を小憎らしく思うのだが、昨夜、源典侍が途方にくれていたのがさすがに気の毒なので、




 あらだちし波に心は騒がねど

 寄せけむ磯をいかがうらみぬ




 とだけ言う。


 帯は頭の中将のものだった。自分の直衣よりも色が濃いようだ、と見ていると、直衣の端袖がちぎれてしまっている。



「まったく、なんと見苦しいことだ。情事にうつつを抜かすものは、なるほどとんだ醜態を晒すことが多いだろう」



 と、いよいよ自重しなければ、と気持ちを改めた。


 頭の中将は宮中から



「これをまず縫いなさい」



 と言って、ちぎれた端袖を包みかくして寄越したので、どうやって取っていったのだろう、といまいましく思う。


 この頭の中将の帯をこちらに取っていなかったら、さぞ口惜しかっただろうと思い、その帯と同じ色の紙に包んで、




 仲絶えばかごとや負ふとあやふさに

 はなだの帯は取りたてだに見ず




 と言ってやった。折り返して、




 君にかく引き取られぬる帯なれば

 かくて絶えぬるなかとかこたむ




「覚悟なさいませ」



 という返歌が来た。


 日が高くなってから、二人とも清涼殿に参上した。光源氏はすっかり取り澄まして、昨夜のことなど忘れたふりをしているのが、頭の中将はおかしくてたまらなかった。それでも頭の中将もその日は公事が多くて、ひどく威儀を正して、真面目にしている。光源氏もそれを見て、互いに目を見交わすと、ついにやにやしてしまった。


 人目のないときを見計らって、頭の中将が寄ってきて、



「内緒ごとは懲りたでしょう」



 と横目で憎らしそうに睨みむと、



「いやいや、そんなことはないさ。せっかく忍んでいったのに、何もせずに帰っていった人こそ、お気の毒さま。しかし実際、人の口はうるさいものですよ」



 と話し合って、〈名取川いさと答へよわが名もらすな〉の歌のようにお互い他言無用と口止めしあったことだった。

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