紅葉賀 その三

 当日、色とりどりに舞い散る木の葉の中から光源氏の青海波がきらびやかに舞い出た光景は、何とも恐ろしいほどの美しさだった。


 日が暮れかかる頃、ほんのわずかに時雨れて、空までが今日の盛儀に感動しているかのように思われた。


 その夜、光源氏は正三位になった。頭の中将は正四位下に昇進した。そのほかの上達部も、皆それぞれ相応の昇進を喜んだ。それも光源氏の舞にあやかってのことなのだから、舞で人々の目を見張らせ、昇進で人々の心まで喜ばせるというのは、いったい光源氏は前世でどのような徳を積んだのだろうか、と人々はその前世を知りたそうにした。




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 藤壺の宮はこの頃、実家に退出していた。光源氏は例によって、もしかしたら逢う機会がないものか、と様子を探り歩くのに夢中なので、ご無沙汰つづきの左大臣家からは何かとうるさく言われている。


 その上、あの紫の上を尋ね出し、引き取ったのを



「自宅に女の子をお迎えしたようです」



 と人が告げ口したので、葵の上は一層面白くなく思っている。光源氏の内情を知らない葵の上が気を悪くするのは当然だ。しかし、こんなとき、もっと素直に普通の女たちのように恨み言を言うのだったら、こちらも隠し立てせずに、何もかも打ち明けて慰めることもできるのに、葵の上の思いも寄らないふうに邪推するのが面白くない、と光源氏はつい、してはならない浮気沙汰も引き起こすはめになるのだった。


 葵の上の容姿には、不足に思われる欠点は一つもない。まして、誰よりも先に結婚した人なのだから、大切にも思い、愛している自分の気持ちもわからないうちは仕方がないとしても、いつかは自然に誤解を解いて、思いなおしてくれるだろう、と葵の上の落ち着いた軽々しくない性質を頼りにして、期待するところは、やはり他の女に対してとは違う気持ちなのだった。

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