末摘花 その十六
光源氏は末摘花が必死になって歌を詠んでいる様子を想像して、気の毒やらおかしいやらで、
「本当にもったいないものとは、こんな歌を言うんだろうね」
と苦笑いして見ているのを、大輔の命婦はおかしさに顔を赤らめた。
光源氏はやれやれと思いながら手紙を広げたまま筆を取り、端のほうに何かを書いた。大輔の命婦が横から覗くと、
なつかしき色ともなしに何にこの
末摘花を袖に触れけむ
「色の濃いはなと思ったけれど」
など、書きよごすのだった。
大輔の命婦は光源氏が紅花の別の名の末摘花のことをけなしたので、何かわけがあるのだろうと考えるうちに、これまで折々の月光にちらちらと見かけた末摘花の顔を思い合わせて、気の毒とは思うものの、おかしくなってくるのだった。
紅のひと花衣うすくとも
ひたすら朽す名をし立てずは
「気の揉めるお二人の仲ですね」
といかにも物馴れたふうに大輔の命婦がひとり口ずさむのを、光源氏はそれほど上手い歌というのではないが、せめて末摘花もこれくらいに一通りの歌が詠めたら、とかえすがえす残念に思うのだった。それにしても末摘花の身分が身分なだけに、名を汚すような噂が立つのは、いかにもかわいそうに思う。他の女房たちがそこに来て、
「これは隠してしまおうよ。こんな贈り物は常識のある人のすることだろうか」
と太いため息をついた。大輔の命婦はどうして目にかけてしまったのだろう、自分まで気が利かないようではないか、ととても恥ずかしくなって、こっそり退出するのだった。
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