末摘花 その十七
明くる日、大輔の命婦が宮廷に出仕すると、光源氏が女房の集まっている部屋を覗き、
「ほら、昨日の返事だよ。どうも気になってならないからね」
と手紙を投げた。他の女房たちは何事だろう、と見たがった。光源氏が、
〈ただ、梅の花の色のごと
三笠の山の少女をば捨てて〉
と俗謡を口ずさみながら立ち去るのを、大輔の命婦はとてもおかしく思う。事情の知らない女房は、
「どうしたの、ひとり笑いなんかして」
と口々に詮索した。大輔の命婦は、
「いいえ、何でもないのです。この寒い霜の朝に、誰かさんの赤い鼻の色が、光源氏様に見られたのでしょう。それにしても、さっきの光源氏様の歌のおかしかったこと」
と言うと、
「まあ、ひどいことを言うのね。私たちの中に鼻の赤い人なんかいないわ。左近の命婦や、肥後の采女でも交じっていたらどうかしらないけれど」
とわけのわからないまま言い合った。
大輔の命婦が光源氏の返事を届けたら、末摘花の邸宅では女房たちが集まってきて、感心しきって拝見する。
逢はぬ夜をへだつる中の衣手に
かさねていとど見もし見よとや
白い紙にさりげなく書いてあるのが、かえって趣がある。
大晦日の夕方頃、末摘花から贈ってきたものに、袿やらなにやらを入れて、大輔の命婦が持参して末摘花に差し上げた。
この間、末摘花が贈った衣装の色が気に召さなかったのだろうと思い当たったが、老女房は、
「いえ、あれだって紅の色が重々しいものでしたよ。まさか、見劣りはいたしますまい」
と独り決めしている。
「歌にしても、こちらからのは筋が通っていてしっかりしたものでした。あちらさまの返歌は、ただ面白いというだけのものです」
などと口々に言っている。末摘花も、あの歌は苦心作なので、わざわざ紙に書きとめてあるのだった。
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