末摘花 その十
光源氏は自宅に帰って休んでからも、やはり思うことなど滅多に叶うことのない世の中なのだと思い続けた。末摘花の身分の重さを考えると、好きになれないからといって今更粗略には扱えない、と心苦しく考えるのだった。
あれこれ考えているところに頭の中将が現れた。
「ずいぶんと朝寝坊をするね。それにはわけがあるのではないですか?」
と言うので、光源氏は
「ひとり寝の気楽さについ気が緩んで朝寝坊してしまった。今、宮中からですか?」
と言う。
「ええ、宮中から下がってその足で来たばかりです。宮中での行事について色々と決めますので、左大臣にもそのことを伝えようと思って退出してきたのです。すぐまた宮中に引き返しますよ」
と忙しそうにしている。
「では、一緒に行きましょう」
とご飯を食べ、頭の中将にもすすめた。二人は一つの牛車に乗り込んだ。
「やはり、とても眠そうだね」
と頭の中将が朝帰りの嫌味を言いながら
「本当に隠し事がたくさんあるものだから」
と恨みがましく言う。
宮中では色々なことが取り決められる日だったので、光源氏も終日宮中に詰めていた。
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末摘花にはせめて手紙でも差し出さなければかわいそうだと思い、夕方になってからようやく便りを出した。雨が降り出して、出かけにくくもある上に、あそこで雨宿りしようとも思えなかったのだろうか。
末摘花の邸宅では、後朝の手紙が来る時刻も過ぎてしまったので、大輔の命婦も末摘花がとても気の毒なことになってしまった、と気がもめてたまらなかった。
末摘花自身は昨夜のことを恥ずかしく思い続けている。今朝来るはずの後朝の手紙が日が暮れてからようやく届いたのも、作法に外れている、ということも知らなかった。手紙には、
夕霧の晴るるけしきもまだ見ぬに
いぶせさ添ふる宵の雨かな
「雲の晴れ間を待って伺いたいのに、この雨のいつ晴れることやら、じれったいことです」
とあった。光源氏が来ることがなさそうな文面に、女房たちは胸が痛くなったけれども、
「やはりお返事を」
とすすめる。末摘花はただもう心が思い乱れて、通り一編の型のような返歌すらできなかった。
「早くしないと夜が更けてしまいます」
と、いつものように侍従が教えた。
晴れぬ夜の月待つ里を思ひやれ
同じ心にながめせずとも
女房たちに口々に責めたてられ、文字の上下をきちんとそろえて書いた。
光源氏はそんな末摘花の手紙を見る甲斐もない、と思い、そのまま打ち捨てた。末摘花は今夜自分が行かないことをどう思うだろう、と考えるのも、心穏やかではない。こういうことを口惜しい目にあった、と言うのだろう。そうはいっても、今更仕方がない。あんな女であったとしても、こうなってしまった以上、最後まで捨てずに気長に世話しようと覚悟を決めたのだった。
光源氏のこうした気持ちを知らないので、末摘花のほうではとても嘆き悲しんでいた。
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