若紫 その十四
霰が降り、風が荒れて冷え冷えと心も凍るような寂しい夜になった。
「どうしてこのような少人数で暮らしているのだろう?」
と光源氏は同情して泣いた。とてもこのまま紫の上を見捨ててはおけない。
光源氏は
「何だか恐ろしい夜になったので、今夜は私が夜の番をしよう。女房たちは紫の上のそばにいるように」
と命じて馴れ馴れしく紫の上に近づく。
「まあ、とんでもない」
と女房たちはあきれた。
乳母の少納言も気が動転しているが、事を荒立てて騒ぎ立てるのもはばかられる。困りきったため息をつきながらもそばに控えていた。
紫の上はどうなることか、と怯えてわなわなと震えている。その様子が光源氏にとって可愛らしく思え、肌着だけ着せて抱きかかえた。光源氏は優しく紫の上に話しかけ、
「ね、私のうちにいらっしゃいよ。面白い絵などもたくさんあるし、お人形遊びもしよう」
と紫の上が気に入りそうな話をして、ご機嫌を取っている。紫の上は幼心にもそれほど怯えず、かといって何とも気が落ち着かず、安心して眠れないのでもじもじと身じろぎしながら横になっている。
その夜一晩中、風は吹き荒れていた。
「本当に、こうして光源氏様が今夜こちらにいなかったら、どんなに心細かったことでしょう。でも、同じことなら紫の上様が同じ年頃だったら良かったのに」
と女房たちはひそひそと囁きあっている。乳母の少納言は紫の上のことが心配なので、そばに付き添っている。
風が少しやんだとき、まだ夜も深いうちに光源氏がかえることになった。何となく、恋を遂げた後の朝帰りのように見える。
光源氏は
「本当にしみじみと可愛くて、気がかりな紫の上の様子なので、これからは今まで以上に、少しの間も逢わないでは心配でしょう。私の邸宅に紫の上を移しましょう。いつまでもこんな淋しいところにいるのはどうかと思います。これまでよく怖がらなかったものですよ」
というと、乳母の少納言は
「紫の上様の父親も紫の上様を迎えに来ようとおっしゃるはずです。ただ、尼様の四十九日の法要が終わってからだろうと私たちは思いまして」
と言う。
「それは確かに。頼りになるのは実の父親ではあるけれど、長らく別々に暮らしているようだったので、紫の上にとっては私と同じように親しみが薄いのでは? 私は今夜はじめて逢いましたが、紫の上を思う誠意は父親以上だと思っていますよ?」
と光源氏は言いながら紫の上の髪を何度もかきなでながら、振り返りがちに帰っていった。外は朝霧が深く立ちこめ、空の風情もひとしお趣き深い上に、地は霜が真っ白に降りていた。こういう朝こそ、本当の恋の朝帰りにふさわしいのに、と光源氏は今夜のことが物足りなく思うのだった。
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