若紫 その八

 光源氏はあの山奥で出会った紫の上をそばで見守りたいと思っていた。しかし、まだ結婚には早いと思っている尼の言葉ももっともなことだ。



「確かに紫の上は幼すぎて言い寄りがたい。しかし、何とか手立てを講じてこちらに引き取り、朝夕の慰めとしたいものだ。それにしても、紫の上はどうしてあそこまで藤壺の宮に似ているのだろうか。やはり、父親の兵部卿の宮と藤壺の宮が同腹の兄妹だからだろうか」



 明くる日、光源氏は北山の僧侶に手紙を書いた。尼には、



「相手にされずに冷たい態度に気後れしまして、思っていることを十分に話せなかったのが残念です。これほどまでにお願いしているのも、紫の上への愛情の深さからと思っていただけたらどんなに嬉しいことか」



 などと書いた。中には紫の上宛に




 おもかげは身をも離れず山桜

 心の限りとめて来しかど




「夜の間の風にも、花が吹き散るのではないかと心配です」



 と書いてあった。筆跡が見事なのは言うまでもなく、さりげなく手紙を包んだ体裁までも、尼たちの目にはまばゆいほど好ましく映った。



「まあ、困ったこと。何とお返事すればよいのでしょうか」



 と尼は返事に困った。



「先日のお発ちの際のやり取りは軽い冗談でしたのに、このようにお手紙を承りまして、申し上げようもございません。紫の上はまだ幼く、手習いの和歌もまともに書けませんので、どうしようもありません。それにしても、




 嵐吹く尾上の桜散らぬ間を

 心とめけるほどのはかなさ




 いっそう心配なことでございます」



 僧侶からの返事も同じようなものだった。光源氏は残念でならなかったので、惟光を使者として使わした。



「少納言の乳母、という人がいるはずだ。その人に会うように」



 と言う。



「まったく、相変わらず女好きなことですね。あんなに幼い子だったというのに」



 と、惟光は北山で見た紫の上を思い出して、光源氏の好色ぶりをおかしく思うのだった。


 惟光は少納言の乳母に会った。光源氏の紫の上への気持ちを伝える。惟光はもっともらしく話すのだが、紫の上はあまりにも幼い年頃なので、光源氏はどうするつもりなのだろう、と僧侶も尼も薄気味悪く思うのだった。


 手紙には、



「その手習いの文字をぜひ拝見させてください」



 とあり、




 あさか山浅くも人を思はぬに

 など山の井のかけはなるらむ




 と書かれていた。返歌は




 汲みそめてくやしと聞きし山の井の

 浅きながらや影をみるべき




 とあった。惟光も帰って、同じことを報告した。


 少納言は



「尼の病気がもう少しで良くなります。そういたしましたら、京に帰って返事をさせあげますので」



 ということなので、光源氏は心細く、不安に思うのだった。

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