夕顔 その八

 光源氏は日が高くなった頃になってようやく起きた。窓から見える庭先の草木は秋の野原のように淋しく見える。



「すっかり人気もなくなって気味の悪いところになったものだ。まあ、もし鬼が住んでいても私には手を出さないだろう」



 光源氏の顔は覆面で隠れている。夕顔はそれを水臭いと思って恨んでいる。光源氏も確かにそうだ、と思い、覆面を外して一つの和歌を詠んだ。




 夕露にひもとく花は玉鉾の

 たよりに見えし縁にこそありけれ




「どうですか?」



 と光源氏は夕顔に尋ねる。すると夕顔はチラリと流し目に見て、




 光ありと見し夕顔の上露は

 たそかれどきのそら目なりけり




 とかすかな声で言った。光源氏はこんな夕顔の和歌も面白いな、と思うのだった。


 やがて惟光が二人の居場所を探し当て、果物などを献上した。女房の右近に会うとなると、惟光の手引きということが露見するので気が引けているようだ。




   ###




 夕暮れの空を眺めていると、部屋の奥が暗くて怖い、と夕顔が言った。そのため、光源氏は簾を巻き上げ、夕顔に添い寝する。


 夕映えに映し出されたお互いの顔を見て、


 夕顔はこうなったのも不思議な成り行きだと感じる。不安も忘れ、少しずつ打ち解けてくる様子が光源氏にとって可愛らしく映った。


 終日、寄り添って過ごした二人だが、夕顔はまだ何かに脅えている様子だった。光源氏は早々に明かりを用意させる。


 宮中では帝が光源氏を探していることだろう。帝の使いは今頃どこを探しているのか。



「それにしても、これほどまで夕顔に熱中するのは、何とも不思議な気持ちだ。六条御息所もまったく訪ねないのだから、たいそう恨んでいることだろう。しかし、それもあちらにしてみたら仕方がないことか」



 などとすまないと思う点では、まず六条御息所を思い浮かべるのだった。


 おっとりと無邪気な夕顔を可愛らしく思い、六条御息所は高い自尊心を捨ててくれたなら、とも思った。光源氏は心のうちに、つい二人を比べてしまうようだ。

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