夕顔 その六
深夜、光源氏は粗末な格好で夕顔の家に侵入した。まるで妖怪が入ってきたようだ、と夕顔は心細く思ったようだ。
だが、逢瀬を続けるうちに夕顔も光源氏になびいてくる。光源氏も夕顔がこのようになびいてきて、急に姿を消してしまったら、と不安に思うこともあった。
夕顔の住んでいる家は仮の住まいである。いつどこに行くともわからなかった。
「やはり夕顔を私の邸宅に迎え入れよう。もし世間にばれてしまったとしても、そうなる運命だったのだ。これほどまでに女に執着することなどなかったのだから」
光源氏は夕顔を誘った。自分のものだけにしてしまいたかったのだろう。
「やはり、不安ですわ。だって、これまで変わった扱いばかり受けてきたのですもの。何となく、怖くて……」
「まあ、四の五を言わずに私についてきなさいよ」
光源氏の口説きに、夕顔はすっかり心を許してしまった。どうなってもいいとさえ思ったのだ。
ここまで慕ってくれる夕顔に、光源氏は何と可愛らしい女なのだ、という気持ちを持つ。それと同時に、頭の中将が話していた女の特徴に似ているとも思った。だが、夕顔にも素性を隠さなくてはならない理由があるのだろう、と思い、無理に訊くことはしなかった。
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八月十五日、中秋の満月の夜、隙間の多いあばら家に月光が降り注ぐ。光源氏はそんな夕顔の住まいを物寂しく思っている間に、いつの間にか暁の頃になっていた。
隣近所の人の声が光源氏にも聞こえてくる。
光源氏は夕顔と外を眺めている。庭先の草花には朝露がきらきらと輝いていた。
「さあ、ここからすぐ近くの邸にいってくつろぎながら過ごそうよ。こんなところでばかりあっていてはたまったものではない」
「ダメです。だって、あまりに急なことなんですもの」
光源氏が、二人の仲は現世だけでなく、来世までも続けようと言う。夕顔はその言葉を疑いもせずに肯定した。その様子は他の女と比べて初々しく、とても恋になれた女とは思われない。光源氏はそんな夕顔が一層愛おしくなり、周りの思惑などどうでもよくなってきた。
光源氏は右近という女房を呼び、牛車を縁側まで引き入れさせた。この家の女房たちも光源氏のことをよく知っているので、不安に思いながらも信頼しているようであった。
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