夕顔 その四

 秋になった。相変わらず光源氏は左大臣家には寝泊りすることが少なかったので、正室の葵の上は恨めしく思っている。


 六条御息所に関しても、なびかなかった頃は熱心に口説いたのだが、手に入れてからは熱も冷め、光源氏の態度も冷たいものになった。


 六条御息所は極端なほど深刻に思いつめる性格だった。年齢も光源氏より年上。世間に光源氏との色恋沙汰が漏れ聞こえたらどのように蔑まれるか、と思い悩んだ。光源氏がたまにしか現れなくなった日々を寂しく過ごすのであった。




   ###




 霧が深い朝のことだった。光源氏は久々に六条御息所のところで寝泊りした。六条御息所は早く帰るように光源氏を促す。


 光源氏は昨夜の激しい行為に疲れていたので、ため息をついて退出した。六条御息所は甘いけだるさを体に残したまま外を見た。縁側にたたんでいる光源氏は美しく、惚れ惚れする姿だった。


 光源氏は牛車に乗る際、見送りにきていた六条御息所の女房に和歌を詠んだ。




 咲く花にうつるてふ名はつつめども

 折らで過ぎうきけさの朝顔




 光源氏は女房の手を取って、



「どうしたらよいものか」



 と言った。


 女房はすぐさま六条御息所の立場に立った和歌を返す。




 朝霧の晴れ間も待たぬけしきにて

 花に心をとめぬとぞ見る




 召使の少年が朝顔を手折ってくるところなど、とても絵になる情景だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る