10 事件の考察

 町を震撼させた殺人事件から数日が経った。

 狗川中学校は二、三日休校したのちに再開したが、校内の騒ぎは収まっていなかった。クラスメイトの戯言たわごとを無視するように、悟は教室の机に向かいノートの上でペンを動かしていた。


  五月三十日(土)

  潮Tと鳥居T 蟹ノ穴駅の居酒屋で食事

  十七時頃から飲み始める

  帰宅 二十時前

  蟹ノ穴駅 → 海老野原駅で別れる

  鳥居T 海老野原駅から帰宅途中に拉致にあった?


  五月三十一日(日)

  翌日 鳥居Tと同じアパートの住人の話「部屋から物音はなかった」

  しかし駐車場には鳥居Tの軽が停まっていた

  やはり帰宅していないのか?


  六月一日(月)

  鳥居Tが無断欠勤


  六月九日(火)

  鳥居Tが無断欠勤を一週間したのち

  鳥居Tが遺体で見つかったというニュースが流れる


  六月十一日(木)

  通夜が行われる


  六月十五日(月)

  休校を隔て今日にいたる・・・


 やはり鳥居は土曜の夜にさらわれ、六月一日から九日の間に監禁されたのち、殺害されたと考えるのが妥当か。

 犯人は性的暴行を行わず、かといって身代金目的でもなかった。そうであれば、被害者の恐怖を貪るような精神異常者か。

 考えれば考えるほど深みにはまってゆき、自ら犯人の毒牙に近づいているようで、季節外れの鳥肌が立った。

「――ったく、鳥居の事件なんざ興味ないって言ってんだろ。耳障りだ」

 悟は完全にクラスメイトの雑談をシャットアウトし、事件について考察しているつもりだったが、ある生徒の不機嫌指数が一二〇パーセントに達した時、意図せずにシャープペンシルを持つ右手を止めてしまった。

 前置きとしてその生徒が、


『鳥居先生は牛男にさらわれたんだ。きっとそうだ』

『ぜんぜん怖くねえし、そんな奴ぶっ飛ばしてやるし』

『米田さんも牛男だと思うよね? きっとそうだよね? 怖いよね? ねえ?』


 人声ひとごえという、最も世界に普及している雑音に絡まれたからだ。

 千春の拒絶がクラスに響いたあとも、クラスメイトはあることないことで盛り上がり続けていた。【トレンド:牛男】は、あと一週間は学校を埋め尽くすだろう。

「なあ千春? 大丈夫か?」

 悟は居ても立ってもいられず、すぐ隣の席で頬杖をつく千春に声をかけた。

「……ったく、私のこと心配しすぎ。悟こそ考えすぎるなよ。確かに事件の時系列をまとめるのは大事だけど、机上で悩んでもしょうがないって」

 悟は友人の心を案じたつもりだったが、逆に心配をかけてしまった。放っておいても事件は警察が解決してくれるから、無駄骨を折る必要はない――千春に言われなくても理解していた。だからこそ余計に悔しかった。


 休み時間の間。視界の隅で千春がひとり、教室を出てゆくのを見た。方向から察するに、千春がいつも使用している人気のないトイレだ。同級生と打ち解けられない千春は、人気のない空間で何を思うのだろう。

 鏡を涙目で映す現実に、さらに涙しているのか? 個室で頭を抱えて、溜息ばかりついているのか?

 可哀相な千春。ではなぜ可哀相なのだろうか。

「千春……」

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