3 飽食の罪
十七時前。
千春を横に、歩き慣れた通学路を戻ってゆく。会話があろうがなかろうが、悟にとっては幸せを噛み締められる平常だった。
「今日の部活も先生来なかったし。本当ドイヒーだな、あの人。あれで教師なの?」
「仕事してんの。教師はブラッ――多忙なんだし、部活で時間を割いてやるなよ」
「でも自分で選んだ道じゃん。私、教師にだけは絶対なりたくないな」
途中コンビニに立ち寄り、氷菓を購入し、ひさしの下でパッケージを開けた。なるたけ力を使わない生活を思索し、汗を流す作業を避け続けている千春でも、冷たい物を欲する気候ということだ。
いまどき珍しい公衆電話の手前。千春は、一台しか車が停まっていない駐車場で、簡易な石製パーキングブロックに乗ると、茶色い氷菓を咥えたままセミロングを縛り、遅れ毛を耳にかけ、どこまでも続く灰色を見上げていた。
「しかし暑いね、雨降らないかな」
「俺は雨の日が嫌いだ。雨の日は化物が出るから」
「ふーん? ところで大丈夫かな文化祭」
「あいつらマジで都市伝説とか調べたりしてな」
「それは困る」
目を逸らした千春に対して、悟はソフトクリームを味わいながら話を逸らそうとした。ふと千春のだるそうな横顔を見て想起したのは、小学校の頃の運動会である。
運動嫌いの性質を持ったふたりが意気投合したのは低学年の秋だった。千春はあの時も面倒臭そうに、グラウンドを走り回る生徒たちを見下していた。
筋金入りの運動嫌いはそのまま成長し、部活動強制参加型の中学校で、新聞部という手頃な時間つぶしを見つけた。のちに『類は友を呼ぶ』を、身をもって知ったのも新聞部だった。そこが面倒臭がりの駐屯地と知ったのは、さらに一年後だった。
「それなりに長い付き合いだろ俺ら。今までこんなこと何度もあったじゃん。それに俺は、こういう関係がずっと続けば良いと思ってる。変わらないのが一番だ」
「私はみんなを変なことに巻きこみたくないだけ。部活の長として」
「え? 長って、あの俺は……?」
千春が息を吐くように放った単語が、しばらくの間を生み出し、目を丸くしながら悟は、ソフトクリームのコーンに取りつけられたスリーブをゴミ箱に放った。
「余談だけどソフトのコーン部分、これ食わないで捨てる人も居るんだってさ」
「はあ? 自分で買った物に責任持てないなんて薄弱にもほどがあるって。もはや、現代が作り出した罪でしょそれ」
千春の表情を覗くと、胃へ収めているデザートとは裏腹、静かにヒートアップしていた。タブーが絡むと理性を失いやすい性格なのは小さい頃からだ。友人が少しばかり危ない傾向だと思ったのはこれが初めてではない。
「飽食の罪か。とはいっても、買った以上は所有権がその人にあるわけだしなあ」
「大体、飽食の時代がいけないんだって。私が思うに昨今――って、当たった!」
オヤジ臭い言い分に反応しかねていると、氷菓を四分の三かじったところで千春が嬌声を上げた。幸い怒りは冷却されたようで、今では棒に記された『当り』という薄茶色の焼印に目を輝かせている。
たかだか六、七十円のアイスでも、無料でもう一本プレゼントされれば誰もが心を躍らせるのだ。
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