5 千春の見解
六月九日。深夜一時。
――雨雲の下、悟と千春は牛男に襲われた。
その日の放課後。新聞部部室には、いつものように生徒が六人おり、夏に馴染んだ扇風機が教卓の上で首を振っている。いつもと違うのは緊張感だった。
「――マジっすか! 牛男に襲われたんすか!」
「声でけえよ弘。ライカそいつ引っ叩いて」
千春に言われるまま、
「俺たちが狙われた理由……眠れずに一晩考えたけど、結局わからなかった」
「なんて言うかあ、平日の深夜まで一緒に居るなんて仲良いですねえ?」
「そ、それは良いんだよ別に。んなことより牛男の動機だ」
「えー? 無差別なんじゃないですかあ? 悟さんとか千春さんとかじゃなくてえ、牛男さんは誰でも良かったんですって。喫茶店で、紅茶かコーヒーかで迷うくらいの気軽さですよう。それより昨夜は……ナニしたんです?」
本当にそうだろうか。無差別の通り魔ならば、全裸に牛の被り物をし、牛男になぞらえる理由なんてない。
「ナニはしてねえよ。ライカお前まともに聞いてないだろ……」
稲川ライカ――普段からへらへらした物言いが目立つが、部活で手詰まりになった時は、打開策を求めて頼りきってしまうほど頭が切れる。反面、心の中で何を考えているかが最もわからない後輩である。
この場のライカは、牛男なんかよりも悟と千春の関係に興味津々で、本日のトピックをまともに取り合おうとしていなかった。
「先輩らを襲ったのは生粋の牛男か、単なる都市伝説の猿真似か。真相は雨とともに流れっちまった、って感じっすね。で、警察には言ったんすか?」
トピックを軌道修正したのは、茶色に染めた短髪も、両耳のピアスの穴も隠しきれていない、最も不真面目そうな形をする弘だった。
『運動とか超だりい』
という理由で新聞部に入ったなあなあ主義とは裏腹に、最も真面目な後輩かもしれない。弘が話題に入ると、無意識に安堵が生まれる。
「俺はそう思ったんだけど千春が」
「
無論、昨晩の時点で『警察』の二文字が頭を過っていた。が、千春の意固地は何年も前から変わらない。自分が納得しない限り行動に移さず、それに振り回される場面も多々あるのだ。
「ちょっとー、なにトレンドお持ち帰りしてるんですかあ。牛丼のテイクアウトとはワケが違うんですよう?」
「オレも、マジの被害者が出てからじゃ遅い気がするんすけど」
千春と二年生の間で会話が展開される一方、二名の一年生――背の小さな女子と、背恰好が千春に似ている男子は黙りこくっていた。悟もそれに倣ったのは、にわかに千春の口元に笑みが覗いたからだ。
その笑みは知っている。千春がろくでもない目論見を立てている表情だ。
「そう。逆に言えば、カモがネギ背負ってきたってこと」
「え、米田先輩?」
「私たちは何部なの? こういう時、私たちがすべきことは?」
千春の問いあと、二年生の顔が見る見る明るくなっていった。まるで仇討を果たす、狂気を満ちた変貌だった。
「つまりそれって? あざす! オレらマジ頑張って調べるっすよ!」
「もう、千春さんってば結構その気じゃないですかあ」
「でも七月分の新聞もあるんだから無理はしないでね」
悟の予想は的中したが、どういう心変わりかが理解できなかった。噂や都市伝説の類を毛嫌いしている千春が、後輩たちをけしかけ、自らアクションを起こそうとしているのだ。自身が襲撃されたのが、それほど癪に障ったのだろうか。
悟は納得できずに腕を組んだ。心のどこかには、牛男を追及して復讐してやりたい気持ちもあったし、それを叶えるためならば危険を冒す必要があるとも心得ていたが、後輩を巻きこむのはお門違いなのだ。
「じゃあ、ちょっと出てくるんであと頼んます」
「ほら、一年生も行くよー。それから直帰するんで、カギお願いしますねえ」
どたばたと準備をする弘とライカは、一年生を連れて教室を出ていった。聞きこみという名目で、金松町を散策するのが目的だろう。
静かになった部室で、悟は改めて千春に目線を移した。溜息をつきながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます