第三話 男の矜持――仕事服は鎧だ。
時は、平成二十九年五月三十一日水曜日の午後七時半を少し過ぎたところ。
ところは、岐阜県の恵那市――より正確に言うと、JR中央本線「恵那」駅前から少し歩いたところにある、恵那市中央図書館の庭。
こうして
彼の服は鮮やかなピンクのグラデーションに染まり、中庭の街灯の下に、どことなく光を反射しながら浮かび上がっている。
その姿を、図書館の窓ガラスに写して眺めた後、彼は大きな溜息をつきながら、こう言った。
「はあああ――お前が言った通り、確かにフリフリの服にはならなかったけどよ。これはこれで無理があるんじゃないか?」
「そうですか? これが魔法使いの標準仕様なので、自分にはよく分かりません。むしろ、平次さんの普段の格好のほうが一般的ではなかったように思いますが……」
「ああ? 一般的でなくて悪かったな! だからどうしたって言うんだよ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、そんなに怒らないでください。バールを振り上げないでください。自分は思ったことをすぐに口に出してしまう馬鹿者です、本当にごめんなさい!」
「ああもう分かったから、直ぐに泣いて早口で謝るんじゃないよ。まあ、素人さんには確かに分かりにくいだろうな。俺の服装は一流の鳶のこだわりだよ。胤田で仕立てた七分にカントビの手甲シャツ、足元は丸四の地下足袋で固めて、すべて濃紺で揃えるってえのが鳶の粋だ。今どきの若いもんはすぐにワーク・モン行って超超ロング買って履くがな、ああいう奴見ると片腹痛くなる。まあ、若気の至りだと思えばかわいいもんだがな」
「……あの」
「なんだよ。何か言いたそうだな」
「今のは日本語ですか?」
「日本語だよ! 他に何があるっていうんだよ! というか何語に聞こえたんだよ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、自分の生まれた世界には似たような言葉はなかったもので」
「……まあ、それはそうだ。そういえば、お前、名前は何ていうんだ。聞いていなかったよな。そもそも生まれはどこなんだよ。それに、どうして日本語が普通に喋れるんだよ」
「自分は『魔法生命体』で、名前は『ルンルン』です。生まれは『魔法世界』の『マジカル・ワールド』です。日本語はこっちに来る前にマジカル・ワールドの神様に『能力』を授かりましたから――って、どうかしたんですか? なんだか思いっ切り嫌そうな顔をしませんでしたか?」
「当然だろ。お前さぁ、自分で言っててなんだかおかしいと思わないのか?」
「えっ、なんでですか?」
「まず、お前は生まれた世界のことをわざわざ魔法世界と呼んだよな。なんでそんな説明的な台詞が必要なんだ?」
「いや、だって、魔法が使える異世界ですから、分かりやすく魔法世界と言っただけで……」
「俺は地球のことを、わざわざ魔法が使えない世界とは説明しないぞ」
「……」
「それにさあ、なんで異世界なのにマジカル・ワールドという英語名称なんだ? 疑問にも思わないのか?」
「はあ、だってみんなそう呼んでいましたし」
「その上、日本語の能力を神様から授かったってさあ、都合良すぎないか。しかも、マジカル・ワールドは英語だぞ」
「その、英語の能力もちゃんと頂きましたし」
「ああ、余計におかしくないか? もし俺が日本に住んでいる韓国人だったら、お前はハングルで喋ったのか」
「はあ、そうなりますねえ」
「そうなりますねえ、じゃないよ。どう考えてもおかしいだろ? どうして勉強したこともない言葉を使えるんだよ」
「だって、魔法世界の魔法生命体ですから、魔法で言葉が自在に使えても全然おかしくなんかないと――」
「なんでも魔法で片付けりゃあいいってもんじゃないだろ? 少しは設定に頭を使えよ!」
「ひっ、ごめんなさい、ごめんなさい」
「俺はそういう手抜きが一番嫌いなんだよ」
「そう言われても、自分にはどうしようも――ああっ、バールがかすりましたっ、しゅって、しゅって!」
「当ててないだろ? こっちは素人じゃないんだよ」
「だって、だって、だって、だって、だって、だって……」
「ああもう、分かったから泣くなよ。ところで、お前をバールで殴り殺したら――」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいいいい――」
「だから、仮の話だって。お前を殴り殺したら契約はどうなるんだよ」
「それは……自分が消えたら、契約もなかったことに……って、あれ?」
「なんだよ」
「そういえば自分、物理的な力が加わっても変形するだけで、すぐに元に戻るんでした」
「……すると何か? 別にバールが当たっても問題はないのか?」
「はい。自分、エネルギー生命体なんで、エネルギー切れだと不味いんですが、物理的な力には――はぐう!」
「なんだよ、だったらわざわざ外すんじゃなかったよ。このまま地面に埋め込んでも問題はないんだな?」
「あのぅ……問題ないというかぁ……自分的には大問題というかぁ……確かに物理的にはそうですがぁ……お願いですからやめて頂けませんかぁ……暗くて狭いところはぁ……とっても苦手なんですぅ……」
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