11日目 《おはようの挨拶》
現在7時30分
『あ~た~らし~あ~さが来た』
公園に響く、全国の皆さんが知っているであろう例の曲
俺が起きた後、まず目に入ったのは歌いながら体を動かす、ご老人達だった
もしやあのゲームは悪い夢だったのではとも思ったが、ジャングルを走ってる際に出来た傷や、腕に巻かれている物体がある以上、あれは紛れも無い現実だったのだろう
しかしまぁなんだ。ここまで平和な光景が広がっていると、あんなのただの悪夢にしか思えない
いや、それだと優や漱石さんと…あのゲロ男との面識も無かった事になるのか。それはそれで嫌だな
思わず頭を抱えていると俺の肩にポンと手が置かれる
「こんな朝っぱらからどうしましたかな?悩める子羊よ」
「パイセン…ウゼェっす…」
「ファッ!?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ほれ、我からの手向けだ」
そう言って先輩は俺に缶コーラを手渡し、当然の如く俺の隣に座る
「なんか今日イヤにテンション高くないっすか…なんかありました?死ぬんですか?」
「死にゃあせんが…妹が久しぶりに部屋から出てきてな。『ジロジロ見てんなこのクソ兄貴』だってよ」
「へぇ~、あの妹さんが…あと、罵られてニヤニヤしないでください、反吐が出る…」
所謂、"ヒキニート"である妹さんが自分の部屋から出てくるのは極めて稀であるらしい
その性格には親父さんも手を焼いているらしく、この前、晩酌に付き合った時「顔だけは嫁に似て綺麗なのに…」と号泣しながら話していた
因みに何故、先輩の親父さんとの面識があるかと言うと…
「つか、そろそろ店開く時間だぞ。ほれ行くぞよ」
「さいですか…あ゙ぁ゙どっこらせ」
少し痺れているケツを他所に、俺は先輩の後に付いて行った
~~~~~~~~~~~~~~~
「お、
引き戸の上に簾を掛けながら、その男性は先輩の名を呼ぶ
「知っとるよ!仮にも息子なんだから、実家の店の開店時間位把握してらぁ!」
先輩は自信ありげに自分の胸をドンと叩くが、思ったより力が入ったのか顔をしかめている
「おやっさん、おはようッス」
「おう!ほれ、とっとと着替えてきな!今日も働いて貰うぞ!」
「オッス」
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「すいませ~ん、チキン南蛮定食一つと照り焼き定食一つ」
「は~い。チキン南蛮定食一つと照り焼き定食一つですね~」
まぁ…そういう事である。
俺がアルバイトさせて貰っているのは先輩の親父さんが開いている定食屋さんである
最初は客さんとのコミュニケーションにも困ったものだが、今となってはこれも楽しみの一つになっていた
「ねぇ兄ちゃん、ご飯、後どれ位で出来るの~?」
「う~ん、5分かかるかな…?、まぁこの飴でも食って時間潰してなさいな」
精一杯の笑顔と共に飴の入った小さな籠を見せて、欲しい奴を持って行ってもらう
「ありがとう兄ちゃん!」
うん、いい笑顔だ。普段は見ることの無い屈託の無い笑顔を見る事が出来るのも働いているからか
こういう事があると素直に癒される
「あいよ、おやっさん!チキン南蛮定食一つと照り焼き定食一つ!」
「あい分かった!」
注文を聞くと親父さんは手馴れた手つきで定食を作り出す
この店がそれなりに繁盛しているのも、親父さんの努力のおかげなんだろうなと毎度ながら思う
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ごちそうさまでした~」
そう言って恐らく今日最後の客であろう中年のサラリーマン2人が出ていくのを確認した後、近くの椅子に座り、「フゥ~…」と一息つく
「よし…今日もご苦労さん、2人とも!」
「親父ぃ…やっぱりあの量を3人で捌くのはキツイぞ~、もう少し人を雇って頂けると俺らも楽なんだけどなぁ」
「そうっすか?俺は嫌いじゃないっすよ。今のこの忙しない感じ。働いてるって感じがして。」
「良いこと言うじゃねぇか!やっぱりお前、家に来いよ!」
「いやぁ、やっぱり俺は
苦笑しながら親父さんに頭を下げる
実のところ、親父さんは俺を何度も家に住まわせようとしてくれているが、お袋さんをこれ以上多忙にさせるわけにはいかないと思って毎回断っていた(当のお袋さんも来て欲しい様だったが、白髪が日に日に多くなっていくのを見るとどうも行きづらかった)
「ま、それは置いといてだ。お前らも腹ぁ減ったろ!今からまかない作ってやるから少し待ってな!」
親父さんはそう言って、余った食材でまかない飯を作り始める
キャベツがまな板の上で切られる音と共に、上の階からこちらへ向かってくる音が聴こえてくる
上の階は先輩の家族が住んでいて、この時間になるとお袋さんが降りてきて、まかない飯のお供にと、手作りの唐揚げ等を持ってきてくれる
「あなた~、おかず持ってきたわよ~」
「お~う、そこのテーブルに置いといてくれ~」
「は~い。貴方、つまみ食いしたらダメよ!」
「分かってますよお袋さん。皆で一緒に、でしょう?」
そう言うとお袋さんは「その通り!」と言いながら指を鳴らす。やっぱりハイテンションな人だ
「あ!そうそう!貴方、誠二の妹見た事無かったわよね?」
「確かに…妹さんは見た事無いですね。名前も聞いて無いし」
「ああやっぱり!今日はあの子も一緒に食べるって言ってるのよ!ねぇ、凄いと思わない!?」
「マジでかよ!?"ユウ"の奴がか!?」
先輩が出したその名前を聞いて、電流が走る
「ゆ…う…?、今そう言ったんスか先輩!」
「お、おう…そうだが…?」
「え…?」
その声をする方を見ると、俺の想像していた通りの姿が写っていた
「なんでアンタが…ここにいるの…?」
「お前…ホントに優なのか…?」
それはほんの少しの間の出来事だったが、俺はその間がとてつもない長いものに感じた
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