8日目 《静寂》
「チッ!すばしっこい!」
その電光石火とも言える速さで繰り出される攻撃は確実に桜谷に傷を付けていく
コイツの能力の正体は大体理解出来た。
おおかた極端に高い効果を持つスピードUPのバフだろう
攻撃に直接的な効果は無いが・・・
(避けきれへん・・・!)
いくら能力で硬化しているからと言っても全身を守りきれるわけでは無い
故にそれ以外の部分はどうしても手薄になってしまう
この男は圧倒的な速度でその位置を的確にコンバットナイフで傷を付けていく
これならスナイパーライフルのままで戦って貰う方がまだ楽だった
「クッソ・・・!」
しかしどうも攻撃が投げやりとでも言うのか、出来るのは浅い切り傷程度で大した傷は負っていない
やっぱり・・・
「自分もやっぱりマトモな人間って事やなァ!!」
男の動きを予測して、放った拳は見事に腹へクリーンヒット
その痛みに悶えながら男はそこに平伏す
「やっぱりや。戦いをした事の無い人間の動きなんて案外予測しやすいもんやな。」
「グッゾ…グゾッ…グゾォッ!」
男は涙ながらにそう叫ぶ
「俺はただ…!」
「人殺しなんて…出来るわけんよの」
男はそのグチャグチャの顔を上げ、桜谷の顔を見つめる
「ワシだってそうじゃ…人殺しなんて…ゴメンじゃ」
「え・・・?」
桜谷の言葉に男は不思議そうな顔をする
「じゃ、じゃあどうやって…?」
「・・・」
「俺だって本当は嫌だ!でも…相手が殺そうとしてくるなら…こっちだって…」
その言葉を聞いて、桜谷は男を無理矢理立ち上がらせ、その頬に思い切り拳を叩き込む
「我、それを世間でなんてゆうか知っとるか?」
「そ、そんなの…」
「そがぁななぁ、思考放棄ってゆうんで」
「んなわけあるか!!俺だって!ちゃんと考えた結果…」
襟首を掴んでくる男に対し、桜谷は冷たい目で返す
「結局それじゃねぇか…何も考えんで力を振るう」
「ッ!!」
とうとう男はその場に跪き、嗚咽を漏らす
「第一、ワシがワレを殺そうとしたか?してんじゃろ?結局それだっとったんじゃの逃げなんで。」
「何言ってるか・・・分かんねぇよ・・・」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
現在は既に3時、ゲームの中断まで後、4時間
そこには焚き火を囲う2人の男がいた
「それで…?、なんで俺を殺さなかった?」
「ワイは絶対に人は殺さへん」
桜谷のその言葉に男はあからさまに呆れた顔をする
「あのなぁ…説明は聞いたか?この殺し合いだって永遠に続く訳じゃない。5年後まで終わらなきゃみんな強制的にリタイアなんだよ!それは絶対に避けなきゃならない事なんだよ」
「そりゃ…そやけど…ほら!他に手があるかもしれへんやろ?」
「他の手って…どんな?」
「え…えぇ…」
「はぁ・・・」
男は呆れながら焚き火に森から取ってきた枝を突っ込む
「だが…もしかすると他に手はあるかもな」
その言葉を聞くと桜谷は徐ろに顔が明るくなる
「な!そうやろ!?」
「"もしかすると"だ。」
またまた呆れながら男がそう言うと桜谷は再び顔を下げる
「と言うか・・・お前一体どこ出身だ?さっきの広島弁だろ?さっきから使ってるのはエセ関西弁だし」
「生まれ育ったのは広島や。関西弁は…人と仲良くなりたかったからや」
「はぁ・・・そりゃまたなんでよ?」
「ワイはどうも喧嘩っ早くて…そのせいで友達と呼べる奴は居なかったんや。でもそんなの悲し過ぎるやろ?だから他の所行って友達を作りたかったんや・・・それやのに・・・」
喋っている内に桜谷の声は震え始め、次第に手も震えている事に気づいた男は「フッ…」と一息ついて口を開く
「人間、誰だって思い出したくない事の一つや二つあるもんだ。無理に話す事はねぇよ。」
優しい声で男はそう言う
「…自分、名前は?」
「…杉山漱石」
「漱石?」
桜谷が聞き返すと男は目を閉じて何かを思い出す様に語り始める
「…あぁ。お袋が付けてくれた名前だよ。俺が唯一誇れる物だ。」
「唯一って・・・」
「嫁さんもこれだけは褒めてくれたんだ。[いい名前ですね]って・・・」
「へ~、嫁さんいるんか・・・」
「前の話だ・・・今は・・・な?」
その時の漱石の顔はどこまでも哀しく、悲壮に満ちていた
まるでその話をしているだけで…壊れてしまいそうな程に
「んでまぁ、俺は仕事も微妙。人付き合いも苦手だった訳だ。そんな俺を嫁さんは好きになってくれたんだ…なのに…!」
「・・・何があったのか…聞いても良いですか…?」
「…そうだな。もう昔の事だ。仕事の上司が急に家に上がってきたんだったけな…酒に付き合ってくれとかで」
「・・・」
「気づいた時にはもう全てが終わっていた。その時飲んだ酒に睡眠薬でも仕込んでたんだろう。今思えば、アイツが俺に呑ませようとしているときに気づくべきだった」
「・・・」
「・・・寝取られたんだよ。嫁さんを。」
「・・・」
「後日、アイツは豚箱にぶち込まれた。だが…それとほぼ同時に…」
「…はい…」
そこまで話された時点で桜谷の中でも大体の結末が読めていた
「…自殺しちまったんだ…[ごめんなさい]って遺書があった…」
「ッ・・・!」
聞いているだけでも胸糞が悪くなるような話だった
「嫁さんの腹ん中には…俺の子供ももう居たんだ…1週間くらいのな」
号泣とも言えるほど、漱石は涙を流しながら話続ける
「俺は豚箱の中にいるアイツが殺したくて仕方無かった。俺の大切な家庭をぶち壊した奴が憎くて堪らなかった。だが…それは嫁さんの願いじゃねぇって事も分かってた。だが俺は…奴に復讐したくてどうしようもなかった」
そこまで話した所で桜谷が漱石の肩を掴んで話を止めさせる
「もう…もう止めてくれ…」
「・・・」
「そんな事聞いてたら…ワイまでおかしくなっちまう…!」
「・・・」
「・・・」
後に広がるのはただ、静寂。
一言も発せられず、焚き火が燃える音が少し聞こえるだけだった
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