第65回『チューをちゅーだい!』

 使用お題→【温泉】【遊園地】【お姫様体験】〈ネズミ〉





 僕と彼女は身長が20センチ違う。

 そう、僕の方が小さい。

 そして、アルコールも弱い。


 宿にある露天の温泉で温まった身体にぐるぐるアルコールが回る。

 寝る前にもう一度入る、と言っていたけども、それには付き合えそうもなかった。

 ワイン好きの彼女に合わせてグラスを傾けてみるも、まだ半分にも到達していない。

 彼女はもう2杯目だ。

 バーに来ておいて格好つかないけども、おとなしく烏龍茶にしておけば良かった。



「ねぇ、みーちゃん。部屋までお姫様だっこしてよ」



 ずるりとカウンターに突っ伏して僕は彼女に言った。

 冗談のようで、あまり冗談ではない。



「やーだ。自分で歩きなよ」



 彼女の拒否の言葉で一層アルコールが利いてくる。

 昼間行った遊園地の記憶が巡る。


 着いた早々ジェットコースターに乗って、お化け屋敷入って、ゴーカート乗って。

 僕だけが何かしらにしがみついて悲鳴を上げていた。

 遊園地慣れしていない僕に、バレーボールで鍛えられた腕が異常なほど安心感を与えてくれた。

 そんな情けない思い出が、白馬に跨がり同じ所をぐるぐる回る。



「じゃあ、代わりにチューしてよ」



「しませーん」



 そう言って、尖らせた僕の唇の隙間に、つまみのチーズを押し込んだ。



「ちゅー太。チーズ、好きだったよね」



「それって、ちっこい僕への当て付け?」



「何よ、自分で言ってたじゃない」



 大人から『チョロチョロするな』と注意ばかりされる子供だった。

 足だけ早くて、落ち着きがなかった。

 それで付いたあだ名が、ユウタをもじって『ちゅー太』。

 昼飯を食べながらそんな話をしたのだけれども、やっぱりネタにしてきやがった。


 ああ、やっぱり烏龍茶にしておけば良かった。


 どうせ呑みに夢中で誰も見てやしない。

 ぐずぐずとカウンターに突っ伏したまま、チーズを咀嚼する。


 彼女に甘え過ぎてんな、僕。

 それさえも、ここでさっぱり洗い流せたら良いのに。


 本当に意識がぼんやりとしてきて、僕の頭の上の方で彼女が何か言ったような気がしたのだけれども、するりと零れていってしまった。



「ちゃんとお姫様扱いしてくれたら、ね」

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