第56回『思い出を抱き締めて』

使用お題→【夜行バス】【フォルテ】【ベタ甘】<狐の嫁入り>



 解散ライヴ、これでもう何組目だろう?


 東京駅八重洲口発の夜行バスに揺られながら、私はぼんやりと思う。


 あの界隈の活動期間は割と短いのは何となく知っていた。

 でも、あの奇抜な衣装とメイク、綺麗な容姿、独特な世界観と音楽性、どれも好きだった。

 心にぽっかりと穴が開いてしまうぐらい大好きだった。

 寂しい時、苦しい時、彼らの音楽がいつも私の側にあった。


 お気に入りになった貸出用の毛布に身体を小さくさせて包まり、浅い眠りにつく。

 日付が変わり、都会を抜け出たバスの車窓は真っ暗で何も見えない。

 車内の照明も落とされ、一層濃くなった毛布の緑色が不思議と落ち着きを誘うのだった。




 予定時刻より5分早く、浜松駅前に着いた。

 夜行バスは何度利用しても身体に微妙な怠さが残る。

 あかでんの始発まで1時間程。



「浜松着きました。寝てると思うけど、念の為、連絡しておきます」

 


 バスを降り、彼の携帯電話にメッセージを入れる。


 今まで一緒に乗っていた人達はそれぞれの行き先に向かってしまった様で、ロータリーにその姿はもう見えなかった。

 時間が早い所為か道行く人も少ない。


 そう言えばフォルテだったっけ、と私は視線の先にある百貨店を見詰める。


 約10年前に解体され、撤去されてしまった第三セクターの複合施設。

 公共団体と企業が入居し、開放的なアトリウムが印象的な建物だった。


 地下2階にあったホールには友達との思い出がある。

 あれは素敵なファッションショーだった。

 ショーに呼んでくれた彼女は見事に賞を獲り、更に上のコンペに出場した。

 会場が他県、鉄道の乗り換えに不慣れだと言い出して、保護者代わりをした。

 緊張しきりの彼女の隣で、私は呑気に旅行気分だった。

 そんな事を思い出して一人苦笑いをする。


 不意に携帯電話が鳴った。

 通知を見ると、彼から返信。

 私は急いで画面を開いた。



『無事に着いて良かったよ。連絡ありがとう』



 いつもと変わらない彼の優しさに頬がふっと緩んでしまう。

 そして少し心配になる。

 もしかしたら寝てないんじゃないか、と。



「起こしちゃったらゴメンね。始発まで1時間ぐらいあるから、もう少し掛かる」



 そう返信すると、ロータリーの待合室に向かう。

 出来るならもう少し寝たい。

 荷物を置き、ベンチに腰掛けると再び着信があった。



『締め切りが近いから徹夜中。と言うか、君の事が心配で眠れなかった。家着いたらまた連絡して』



「分かった。作業頑張ってね」



 返事を返すと、私は携帯電話を鞄にしまった。


 形あるものはいつか無くなり、風景を変えていく。

 あのバンドマンもそれぞれ新しい道を歩むのだろう。

 楽しかった事、悲しかった事も思い出として記憶に残り続ける。


 夜が明け、晴れた空から細かい雨が降っていた。

 久し振りに見るこんな雨。

 いつもと違い、柔らかく、優しく見えた。

 全てを胸に抱き、私はもう少しだけ眠る事にした。


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