第50回『鍵』
使用お題→【二元論】【トレジャーハンター】【鳴らない電話】<アイテムボックス>
私の胸に穴があいている。
小さな小さな穴。
それは丸じゃなくて鍵穴のような形をしている。
勿論、本当に穴があいていて、そんな形をしている訳ではない。
ただ、そういう事にしている。
誤魔化しているのだ、痛みと寂しさを。
明るく振る舞えていた頃は、そんな穴の存在に気付く事も無かったし、存在するとも思わなかった。
風に揺れるレースカーテンが、軽やかな足取りにつられるスカートの裾を思い出させる。
彼との交際は楽しく、しあわせだった。
私の全ては彼に持っていかれてしまっていた。
それで良かった。
彼は《鍵師》という仕事をしていると言っていた。
それがどんな仕事なのか私は知らないけれど、彼の長く綺麗な指に鍵というモチーフはとても似合うと思っていた。
じゃらじゃらと鍵の束を鳴らし、扉から扉へ開けて回っているのだろうか。
何事も器用にこなす彼に、開けられない扉などきっと無いのだろう。
そんな想像をする度、私は口元を緩めてしまう。
しとしとと雨が降り続くある日、喧嘩をした。
些細な事だった。
「アンタ、ホント無いわ」
「お前こそ最低だな」
私達の間にある、大きく開け放たれていた扉は固く閉ざされた。
繊細な細工が施された小さな蓋を開ける。
滑らかに流れる硬質な旋律に包まれた金色の鍵。
私は重いため息をつく。
入っていないのは知っている。
そんな物、初めから無いのだ。
形があれば、もっと簡単な筈なのに。
彼から貰ったオルゴールの音色が優しく私の胸に突き刺さり、思わず涙が零れる。
塩辛い水の玉が乾いた口唇をなぞる。
どうすれば鍵を取り戻せるのだろう。
「ごめんね」
楽しかったあの頃を思い出して無理に笑顔を作る私の内側で虚しく響く
叫ぶ、必死に何度も叫ぶ。
それでも表情は暗く強張ったまま。
彼は違う娘を探しに出掛けているのだろうか。
鳴らない電話。
彼の
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