春夢狼藉 はるのゆめあらして

店長とその愛人(通称ラスボス)です。オトナのいけない恋。


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 重厚な木製の扉の前に立ち、いったい何をしているのだろうと考える。俺が店長をつとめるコンビニエンスストアが一階におさまったビルの最上階に、あの男の事務所がある。この扉の奥に。

 今夜は慰労の会だとかで、花見のあとはみなこちらに戻らず解散となったらしい。そういうとき、見計らったように呼び出される。

 オフィスだと「燃える」という理由で。


 いい歳をして。

 ほんとうにいい歳をして。

 餓鬼のように欲しがっている。

 じぶんの妻だった女の父親を。


 最奥にある部屋のドアを押し開くとスツールに腰かけた姿が目に入る。小机に置かれたブランデーグラスは空になっていた。

「彼に俺たちの関係を明かしたのは何故ですか」

「秘密にしておくつもりか」

 その片眉がひょいとあがり不満を表明してみせた。外国の男優のように雄弁だ。政治家らしいと褒めるべきかどうかは判断がつかないままだ。

「時機を見てと」

 夢使いの青年は良くも悪くも純朴すぎる。亡くなった叔母の夫が男と関係していると知っていい気持ちはしまい。ましてその従姉は俺の元妻だ。どう言い訳をしても尋常ではない。俺はこれでも常識人だ。でなければ広告業界になぞ勤めなかった。離婚を機に辞めたがな。

 それもこれも全て、この男のせいだ。

 そんな俺の心中を知ってか知らずか、その薄い唇に何とも言いようのない笑みがうかぶ。

「今がちょうどそうだろう。そんなことより早く来なさい。待ち草臥れた」 

 素直に仰せに従った。その長い脛の前に跪くと俺の眼鏡を奪いながらくちづけてきた。ブランデーの芳香よりも、互いのまとうコロンの匂いに酔いそうだ。

「私はとびきりのご褒美が欲しいのだよ。あまり焦らすな」

 乱暴にネクタイを引っ張られて叱られた。

 今日はこの男が発起人である会が大学の付属機関として正式に承認された。それもこれも目の前の男の手柄なわけだが……だからこそ、ご褒美が欲しいとねだられて奮起しないわけにはいかない。


 春夢狼藉――いい歳をした大人だからこそ、いけない遊びをしっている。

 春の夜を俺たちがどれほど愉しんだかは決して誰にも明かすまい。


               了

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