小咄「手紙2」
あの日、おれはあなたたちふたり、つまり甥と叔父の歓談を聞く親しい「友人」とその「部下」の役に徹した。徹しようとした。そしてあのひとが、幾度となくあなたの肩に手をおくのを黙って眺めた。その指がふと、あなたの長い髪に触れるのも盗み見た。それでいながら、あのひとの視線がおれの頬をかすめるのに気づいても杯を干しあげて知らぬ顔をした。あなたはおれの不機嫌を訝しみつつそれをどう宥めたらいいのかわからず、居心地の悪そうな顔つきでそれとなく何度もおれをうかがったが、その場でも家に帰ってからも、言葉に出して責めたり詰ったりはしなかった。
おれがほとんど勢いに任せてそのことを尋ねると、あなたは静かなひとみのまま「理由」があるんだろうと思ったからと呟いた。口を噤んで立ち尽くしたおれの横であなたは酔い覚ましの水を煽って、なんでもないようにつけたした。あのひとと同じ組織に属し、かつその上司で、しかも俺よりも長い付き合いなのだろう、と。
当たり前の言葉をあたりまえに告げられて、おれはあなたが「大人」だと思い知らされた。いや、依頼人と交渉をする「夢使い」なのだとはっきりと理解させられたような気がした。あなたにそのつもりなど微塵もなかっただろうに、おれはそのときの自分をひそかに恥じた。まだ学生だった。そう言い訳したくなるほどの愚かさを。または、あの場での不機嫌だけでなく、あなたにそんなことを言わせてしまった「甘え」を、歯噛みするほど悔やみもした。
あれからずいぶん時を経た今をもってしても、おれとあのひとの関係をどう説明したらいいのかはわからない。おれの所属する会の発起人であるという、ただそれだけの関係ではないものがそこにあった。
いちどだけ、唇を重ねた。儀式めいた契約を交わすようなそれを、誰かに告げる必要は今をもって感じない。たとえあなたであろうとも。
それと同じく、あなたにはあなただけの、あのひとへの言いようのない想いがあることを、当時のおれは今ほど理解していなかったように思う。
気後れと盛大な甘やかしの背後に横たわるそれぞれの狂おしい痛みと苦悩を察していなかったとは言わない。おれはふたりをよく知っている。その「立場」ごとに、またはその役目を外れた場所でさえも、おれは彼らふたりを知らないわけではなかった。
おれが知らなかったのはたぶん、そういうものではないのだ。
おれはあのとき過去を見ていた。
あのひとがそうであったように。
あなたは未来を見ていた。
あのひとがそう望んだように。
この今になって、
あのひとが亡くなって何年もたった今になって、ようやくおれは自分が思っていた以上にあのひとから期待され、おのれの想像をこえるものを譲り渡されていた事実を知った。
ここに、あのひとのサインが入った手紙がある。おれは今、これをあなた伝える言葉を用意している。
あのひとの望んだ未来を、あなたとともに見つめるために。
了
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