『夢の花綵』「夢うつつ夢うつつ」2

 はなしを戻す。

 あなたはあの日、結婚式場でほんとうに初めて彼女をちゃんと見たとでもいうような顔をした。それはきっとおれの心得違いではないはずだ。あのとき彼女はあなたとおれを見た。そしてあなたの感嘆ぶりにたいそう優しく穏やかに微笑んでみせた。それはこれから嫁ぐ花嫁らしい初々しさとは程遠く、まるで慈母のごとき微笑みだった。まして師匠はといえば、じぶんの妻と弟子とおれの三人を並べわたして眺め入り、しまいにおれと視線を合わせて肩をすくめてみせた。あなたはただ、その間にも彼女をまっすぐに見つめていた。

 文字通り魅入られたように。

 あなたがほんとうに何を視ていたのか気づいたのはきっと、おれと師匠だけだろう。


 あなたも、

 そして彼女もそれを知らない。

 だが、

 それでいい。


 こんなふうに、おれはずいぶんと高みからあなたを見ていると思うことがある。恋人であるあなたではなく、あなたという「夢使い」をおれは見ていると感じることがある。あなたは夢使いで、それはおれの「研究対象」でもあるから。


 そういうはなしではなく。

 そういうはなし、だけではなくて。


 おれはいま、それをあなたに説明したいような気持ちでこれを書きだしたのだが。

 たぶん、

 まだ早すぎる。


 早すぎるどころでなく。

 これを伝えるのがいつになるのかはわからない。一生来ないならそれでもいい。

 おれもいつか死ぬ。あなたがこれから看取ることになるかもしれないひとと同様に。

 ただ、おれは死んでも、あなたというひとがいた「事実」は、あなたのあがないによって滋養を得る視界樹と同じほども長く生きてほしい。


 そういうことを、

 考えている。

 あなたがおれの隣にいない今、考えるに相応しいと思いながら。


 あの夜、おれはあなたの提案に同意した。あなたをぬか喜びさせたくなかったから、おれが職を得る確証が得られたらと念のために断って。一時とはいえ一方的にあなたの世話になるような形になるのはどうしても許せなかった。あなたはたぶん、おれのそういう気持ちのすみずみまで汲み取りはしなかっただろう。頭になかったというのではない。ただそれ以上おれが話してもあなたは納得しなかったに違いない。そしておれはといえば、あなたの喜ぶ顔をひたすらにみたかった。


 あなたは「家族」を欲していた。

 自身それと気づかずに。

 いや、気づきながらそれに想いを至らせるには「痛み」が大きすぎることに悩んでいた。


 それでも、あなたはおれといい加減にだらだら過ごすことには耐えられなかったのだと感じる。とはいえこの関係になにがしかの名前が欲しかったというほどの気弱さはあなたにない。そうではなく、ただおれに、「約束」という名のなにかを与えておきたかったのだろう。

 あなたの誠実さ、正直さにおいて、実のない甘い言葉ではいくらくりかえしても足りなかった。


 おれは、

 あのときのあなたの重大な決断よりも、

 あなたがあの夜、あなたのすべてをおれに楽々と投げ出してきてくれたことのほうに感じ入ったのだけれど。

 ほとんど大胆と呼んでいいほどの振る舞いであなたはおれを誘って、躊躇うことなく与えられる悦びに身を委ねた。

 あれほど欲されていると感じたことはなかった。その前までは、おれが欲しがるから仕方なくくれてやっている、というような態度のときもないではなかった。実際そう口にされたこともある。女性と寝ていたひとだ。理解しようとはつとめた。

 けれどさびしくはあった。否、さびしさだけでなく。

 おれの欲望にこのひとを付き合わせている。ただでさえ普通に結婚して幸福になれたひとを。そう思うと堪らない気持ちになることがあった。


 あなたはきっと、おれのそういう気持ちを知らないわけではなかったのだろう。けれどそれをそうと口にする術を知らなかった。

 だから、たぶんあのときのそれは、あなたらしいやり方だったのかもしれない。あなたが何をほんとうに欲しがっていたのか、また何を望んでいたのか、たぶんあのときのおれはよくわからなかった。おれにはとうに自明のことだったから。


 あなたを知りたくて、夢使いの研究を始めた。ほんとうに。あなたのことが知りたかった。なにもかも。


 おれたちが一緒に暮らしはじめてから何年の月日がたったのだろう。それはおれが研究を始めたのと同じ年月にあたるはずだ。

 それなのに、おれはあなたの何を知っただろう。

 夢使いの何を、知ることができたのだろう。


 あなたという夢使いの何を……。

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