『夢の花綵』「夢うつつ夢うつつ」1

第三部の山場、主役の夢使いとその恋人の長いはなしになります。

彼らが交互に2話ずつ語りおろす形式です。

どうぞよろしくお願いいたします。



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 あれはもう何年前のことになるのだろう。

 あなたは彼女の投げたブーケを受け取った。笑顔の同級生たちに囲まれながら、戸惑いがちな表情で花嫁を見つめ、そのいたずらっぽい微笑みに促されてようやくそれをしっかりと胸に抱いた。


 その夜に、あなたはおれに新しい家を探したいと申し出た。申し出た、というようなふうだった。あなたらしく、とても生真面目な態度で。

 あなたの親御さんの残してくれた遺産や保険金をつかえばそれなりのマンションが買えると口に出すにいたり、おれの表情の変化をみとめ、あなたはそこでいったん言葉をとめた。そしておれの顔をまっすぐに見て告げた。ずっと考えていたことだと。


 あなたは、あなたの師匠と自身の初恋のひと――あなたはそうは認めないし今後もじぶんでそう思わないのだろうが――の結婚式のあった夜、それを言い出す意味というのを少しは想像しただろうか。それとも、さんざん考えたから話すのだというだろうか。


 あなたは始め、おれと一緒に暮らすのに難しい顔をした。はじめて寝た翌朝、はっきりとそのことを示しもした。お互いに想いが通じ合った後ですらそうだった。しかもそのことでおれが傷ついたと感じていた。

 あなたはたぶん、そのときのおれの気持ちをよく知らない。それはあなたが悪いわけではない。


 あなたは両親を亡くして師匠の家に引き取られ、一人前になったことでそこからも追い出された。心の奥底で一人前になりたいと願ってはいなかったのかもしれない。いやたんに師匠のそばを離れたくなかっただけのことなのか。けれど師匠はあなたを早く独り立ちさせたがっていた。あなたは師匠に邪魔にされていたわけではないと話してくれた。あなたの言うことはもっともで、あなたは知らないが、師匠はそれでも遅すぎたと思っている。あなたの叔父も同じ気持ちであったらしい。


 たまに考える。

 あなたは史上稀に見る優秀な夢使いとしてこの視界に名を残すことになるだろう。けれどあなたのことを知るのはほんのごくわずかの人間なのだ。

 そのことをあなたがどう思っているのか尋ねてみたい気持ちになるのはたぶん、おれの我儘に違いない。


 おれはこの国の夢使いの歴史をさらっている。分け入っている、とまでは言えない。

 何故なら、夢は記されない。

 その内容はどうにか残すことが可能かもしれない。だが、本当の意味で記録することなど出来やしないのだ。


 あなたはそれをその身でしっている。

 もちろん、どんなことであれ本当に記録して残すことが出来るなどと考えてはいない。そんなことは不可能だ。

 それでも。

 それでも……。おれはたぶん、それをうまく呑み込めないでいる。


 そういえば、あなたは始めおれのものを口に含むことにさほど抵抗を示さず、そのかわりおれに快感を与えられるのをやんわりと拒んだ。遠慮がちに、ひどく礼儀正しいようすで。あなた特有の物思わしげな態度で首をふり、かえってそれがおれを煽るとも知らず。

 おれはあなたが驚くほどには唐突なことをしないよう気をつけた。かといって許可をとるために事前に囁いてあなたの不況を買う真似をしたくなかった。

 それでもたまに気持ちが先走り、当時のあなたからすると許しがたいほどに不届きなふるまいに及ぶこともあった。するとあなたは――思わぬことに――その長い髪を揺らして達し、目じりに涙を浮かべて喘ぎあえぎ、おれを睨んだりもした。


 やばい。下腹にきた。

 恋人の不在にこんなものを書くんじゃなかった。手遊びに信書めいたものを記しておいて、ひとりあそびに興じるとは何事だ。


 書簡を装ってはみたがしょせん長続きはしなかった。おれは自分が何をしようとしているのかは理解している。けれどそれに相応しいやり方をまだ自分のものにしていない。


 あなたのこと。


 長く一緒にいると飽きるというけれど。

 おれにはそんな日が来るとは到底思えない。


 恋人は今、ずいぶんと遠くに仕事へ出ている。なんでもこの街に来てからずっと贔屓にしてくれている依頼人のためらしい。病気が再発し入院したそうだ。出張をすると切り出すときに暗い顔をしないよう気をつけていたあなたの横顔を思い出す。

 あなたはほとんど無意識に、平静でいようとつとめていた。つまりはそれほど動揺していた。

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