初めての時間

 別にさ、姉妹でケンカしたいわけじゃないんだよ。けど、姉は私が嫌いだから、どうしてもケンカ腰になってしまう……って言うのは言いわけで、ケンカしたところで両親が私の味方をするはずもなく、軍配はいつも姉に上がるから興味もないだけだったり。

 客が数人しかいない喫茶店で、私はレポートしている。目の前にはなぜか桂木さんもとい静人さんがいる。理由は一つしかなく、静人さんがまた大学まで迎えに来たのだ。レポートをするつもりだった私の予定を崩さないでほしい。言い方は違えど、そういった私の要望に静人さんは応えるように、この場所に案内してくれた。その際、名前で呼んでほしいと言われたのだ。ジャズ音楽が静かに流れるこの空間は心地好くて、大学からもそれほど離れていないから、通いたくなる場所である。しかし、バイトをしていても学生のお金事情はさびしいものである。ここに通えるのは企業人になってからだろう。

 レポートをしている手を止めて、私は腕と背中を伸ばした。同じ体勢を取り続けた結果、私の体は固まったらしく、首がバキバキとなった。



「終わり?」


「あ、いえ。終わってませんけど……お待たせしてすみません」


「いいよ。俺が無理やり誘ったし、君があれこれ考えている様子は楽しかった」



 なにそれ恥ずかしい。ずっと見られていたということ? うわ。ほんと恥ずかしい。



「思ったより早い休憩だね」


「もともと進め照れたレポートですし、きりがいいのでちょっと休憩をしようかなと」



 頼んだコーヒーは冷たかったが、アイスコーヒーと思えば、なんら問題は無い。パソコンを片付けていると、静人さんはウエイトレスに注文をしていた。まだ飲むのか、と思うけど、すぐに届いたそれは私の目の前に置かれた。ぽかんと彼を見ると、どうぞ、と声をかけられる。どうやら気を遣わせてしまったらしい。ありがとうございます。呟いて、私はカップに口を付けた。鈴静人さんが頼んだのはホットココアで、コーヒーで冷えた体やレポートに疲れた私にちょうど良かった。御曹司で格好良くて気遣いもできるとか、この人はハイスペックなんじゃないいかな。私にはもったいないと思う。でも、姉にももったいないと思う。というか、姉に渡したくないと思ってしまう。なんだ、この独占欲じみた考えは。静人さんはものではない。でも、私の前でコーヒーを持つこの人を、なぜか手放せない。それはやはり、無自覚にも惹かれているからなのだろうか。

 ちらり、と静人さんを見る。目が合って、私は思いきりそらしてしまった。すると、クスクス笑う声が聞こえた。もちろん、私の近くには静人さんしかいないわけで、誰が笑ったかなんてすぐにわかるのだ。気恥ずかしくて、なんだか見てられない。まだレポートは終わってないが、これ以上は進まないと思う。静人さんに「残りは家でします」と言ってパソコンを仕舞う。



「照れた?」


「……照れて悪いですか」



 じっと彼を見て、私はまた、視線を逸らす。それがおかしいみたいで、静人さんは肩を揺らした。片頬を膨らませて不機嫌を言外に伝えるが、静人さんはただ頭を撫でるだけ。諦めて、いとおしそうに笑ってくれるから、私も仕方ないと笑うのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君は誰とキスをする 崎村祐 @raithe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ