姉の宣戦布告
両家が婚約を認めて、会食となったが、誰も言葉を発することはしない。ただし、桂木さん――桂木静人さんは違う。私に話しかけてくる。桂木さん一家は何度も来ているようで、おすすめや何がおいしいかを教えてくれる。しかし、私には何がなんだかわからなくて、とりあえず桂木さんのおすすめをいただくことになった。その料理がとてもおいしくて、頬がほころぶ。やはり、おいしいものを食べると幸せな気分になる。
何を隠そう、私は食べることが好きだ。食事には気を付けてはいるが、たまに買い食いするくらいには好きなのだ。姉は好き嫌いが激しいから、両親に嫌いな食べ物を渡している。心象がとても悪いが、これは日常だから私が言うことは何もない。桂木さん一家も私が何も言わないからか、口を閉ざしている。
「よくそんなに食べれるわね。姉として恥ずかしいわ」
「姉さんに――」
「好き嫌いをして食べてもらっているあなたより、好感がもてますよ」
好き嫌いをしている姉さんよりに言われたくない。そう言い返そうとしたのに、桂木さんがかばってくれた。姉は顔を赤く染め、好き嫌いなのではなく、両親の好物だから渡しているのだと説明する。両親もそれに頷いているが、先ほどの婚約者交代の件もあって、信憑性に欠けていた。両親もわかっているはずなのに、なんで頷いちゃうかな。自分で首を絞めているようにしか見えない。黙々と食べる私を見てくるが、助ける義理はない。言われていることは本当のことだもん。残さないという観点からはまだいい方だが、正直、されたくない人だって世の中にはいるのだ。姉や両親はそれがわかっていない。自分たちの世界で完結するから言われることになるのだ。なのに、なぜ私は睨まれている? 私は何も悪くはないだろう。そういう意味を込めて、目の前にある食事に手を付ける。さっきはおいしいと感じたのに、今はおいしくない。ケンカをふっかけられたようなものだから、原因は家族だろう。ああ、もう。食事くらい静かにさせてほしい。だんだんと機嫌が逸れていく桂木さん一家に気付いてよ。
「やっぱり、この縁談は間違いだったのではないかしら」
急に、冷たい声が落ちてきた。言ったのはたぶん、桂木さんのお母さん。最初から反対していたようだし、私の家族のありさまに呆れたのかもしれない。次の言葉を待つ柏木家と桂木さん、それに桂木さんのお父さん。みんなの視線を一身に集めた桂木さんのお母さんは息を一つ吐いて私を見た。
「優海さんがいいと言った静人の手前、反対はしませんでしたけど、こんな恥さらしが親戚にいるなんて、外聞が悪いわ」
「優海。お前にせいで――」
「優海さんでなはなく、あなたがたです。なんですか。成人にもなって好き嫌いをして。それに、婚約の件も断ったのに名乗り出て。恥を知りなさい」
その場はしんとした。誰もが食べる手を止めた。それほどに、桂木さんのお母さんから感じる威圧感は圧倒的だった。
しばらくのあいだ、どれだけの間かわからないが、ふいに桂木さんが父さんを見た。
「僕が望むのは優海さんとの結婚です。優香さんではないことをご了承ください」
頭を下げる桂木さんに顔を上げるように言う。それでも頭を上げない桂木さんに私が困り果てた。父さんを、ひいては母さんと姉を見る。姉から睨まれているようだが、自業自得である。家に帰ったらうるさそうだ。「なんであんたなのよ」と言われそうである。緊張していた会食は、あまり良いものとは言えないまま終わりを告げた。
家に帰る途中、私は姉に呼び止められた。
「なんであんたなのよ」
ほら、やっぱり。
呆れたが、顔には出さずに姉を見続ける。どうせ、このあとにまだ言葉が残っているのはわかっている。
「あたしが婚約するはずだったのに」
だったら断らなきゃよかったじゃない。その言葉を飲み込む。言ったところで、姉の不機嫌は変わらないのだ。
「何よ。何か言いなさいよ」
「いつまでも、わがままが通じると思わない方がいいですよ、姉さん。現実は甘くない」
姉は何を言いているのかわからないような目で私を見つめる。そんな姉の視線に気づかないふりをして、玄関の扉を母さんが開くのを見た。開いた扉を母さん、父さん、私、姉さんの順にくぐる。靴を脱ぎ、手を洗う。そのまま施された化粧を落とす。鏡は見ないまま、私は自室に戻る。お風呂に入りたいが、どうせ姉が先に入るから、籠ることに決めた。別に、家族仲が特別悪いわけじゃないけど、私と家族は一線をかいているから、仲がいいわけでもない。一緒にいても話さない。何を話せばいいのかもわからない。だから自室に逃げ込むのだけど、今日はそれが許されないらしい。戻る途中、両親に呼び止められた。内容はわかりきっているからうんざりだ。わかっていても、私に拒否権は無いから話を聞く。
「婚約を解消しなさい」
それはつまり、優香と婚約をさせるために、私に桂木さんから手を引けと言っているのか。初めて私を求めてくれた人。好きではない。恋愛感情は無いけれど、二回しか会っていないけれど、私の中で彼の存在はとても大きい。良い友人関係を築けそう。私はそう思っている。でも、桂木さんが望んだのは婚約。つまり、私との将来を考えてくれているということ。それが嬉しくて、私は父に反抗していた。
「私は、桂木さんとの婚約を、解消しません」
「何を言っているのかわかっているのか?」
「父さんと母さんも、わかっているのですか? 桂木さんは私と婚約すると言いました。解消するつもりもないと。なら、私と婚約を解消したからと言って、姉さんと婚約するとは限らないのです。もし、婚約しないと言われたら、どうするおつもりですか?」
これには両親も黙るしかない。やってきたことも相まって印象は最悪だ。そんな我が家を繋ぎとめたのは桂木静人さん、本人だ。これ以上、失態は許されない。その自覚はあるのか、両親は黙ったままだ。話がそれだけなら私は部屋に戻ります。そう言って、私は自室に戻る。その際、姉を見たから、お風呂は開いていることになる。早々にお風呂に入りたくて、私は入浴セットを持って、お風呂場に向かった。
そもそもだ。姉が行っておけば両親があんなこと言わなかったのだ。姉もいつまでも自由人でいてもらっては困る。しわ寄せがすべて私に寄って来るのだ。身を固めるには好条件の物件に。そう思う気持ちもわかる。わかるが、恋愛婚でそんな人が見つかるのはドラマや小説、マンガだけだ。姉はロマンス小説が好きだから、小説のような出会いを求めているのだろう。恋多きとはいかなくても、それなりに恋愛経験のある姉のことだ。きっと、桂木さんを諦めることはしないだろう。そう思うと、なぜかきゅっと締め付けられる感覚に陥る。感じるこれの名前は知っている。それを認めるには、私は幼すぎた。
お風呂から上がると、私の部屋の前に姉がいた。宣戦布告でもしようというのだろうか。腕を組み、私を見る彼女の眼には敵意しかなかった。
「あんたなんかに静人さんは渡さないから」
「静人さんは物ですか」
呆れたように言う私に彼女はカッと怒り出す。
「彼にふさわしいのは私よ」
「選ぶのは彼です。あなたや私じゃない」
「生意気な……」
この人からすると、みんな生意気だろうに。
彼女は本当に宣戦布告だけしに来たようで、そのまま部屋に戻ってしまった。
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