異世界生活(仮)

神島竜

第1話 いつもの朝

 今日は快晴だ。大海原を目の前にした巨大な港町、シーサイドでは朝から巨大な市場が開かれる。3日程度の旅を経て、ようやくたどりついた巨大な船が大海原からシーサイドにむかっている。

 稼ぎ時じゃねぇか、と。

 シャライ・ラッシャイはほくそ笑んだ。

 第3エリアから第2エリアまで、商品を乗せた台車をガラガラと転がしながらながい坂をのぼっていく。禿げた頭には汗が流れ、シャツが透け、筋骨隆々とした肉体が隆起する。この街は上に行けば行くほど位の高い者が住んでいる。高地であればあるほど、津波の危険性がないからだ。

 彼は一番水に近い第3エリアに住んでいる。そこでもわりかし高めのところに家を構え、雇われの商人として働いている。港に届いた積み荷を朝のうちに第2市場に届け、店を開かなければいけない。

 報酬は歩合制だ。売れれば売れるほど俺の給料も上がる。

 もしかしたら、今日は売り切れるやもしれん。帰りは娘になにか買っていこうか。そんなことを考えていると、巨大な門が見えてくる。

 門の前には二人の衛兵がいる。

 一人は背の低い小太りの男。もう一人はのっぽの細い男だ。

「おうシャライさん。はぇぇですなあ」

「よお、トリブ。今日の天気はどうだ」

 シャライに尋ねられると、小太りの男はヒクヒクと鼻をひくつかせる。

「フンスカフンフン……そうさな、朝は快晴だが。ちと遠くから雨のにおいがすんなァ……夕方には小雨が降るよ」

「なるほど、ありがとよ」

 トリブ・ルギスはここから北に進んだ先の農村、ファームルブ生まれの男だ。彼は雨のにおいがわかり、第2市場の常連は彼に今日の天気を聞く。

「ほい、これは礼だ」

 と、言ってシャライは銅貨を1枚、トリブに投げてよこした。

 うけとったトリブは。

「いんや、ええよ。これは受け取れねぇ」

 と、シャライに投げて返した。

「どうしたってぇんだ……」

 シャライは不可解そうに首をかしげる。いつもだったら。ありがとよ、とみんなから受け取って夕暮れ時に10人分の遅めの昼メシを近所のメシ屋で平らげる彼だというのに。

「しょうがねぇよ。コイツ最近、外れたんだって、落ち込んでんのさ」

 不機嫌そうな顔をするトリブを横目に、セヤテ・ヨネイルはからかうように言った。

「なっ、外してるって。んなわきゃないじゃないか。昨日も一昨日もこの前だって当ててんじゃねぇか」

「それがさ、コイツ、昨日、晴れだって言ったのにさ雷の音聞いたってんだ」

「雷の音ぉ?」

 シャライは考える。昨日はトリブが予想した通り晴れだったはずだ。

 確かな晴天。雲一つない青空。雷なんぞ落ちようがない。

「気のせいじゃないか?」

「んなこたねぇですよ。おらぁ、聞いたんです。遠くのほうから雷がなんのを聞いたんですよ」

 そう言って、うなだれる。

「まあいいさ。セヤテ、トリブ。第2市場の許可書だ。いれてくれ」

「ああ、もちろん」

「どーそ」

 そう言って、大きな門が開かれる。

 ドッカラカラカッシャシャ!

 大きな音が響き渡る。

「ベーコハ! ベコハ! タンチラナクルア!」

 ドン! ドン!っと、金づちの音が市場に響き、歌が響く。

 シャライはしかめっ面をしながらも、台車を引いた。

 周りには彼の腰くらいの大きさの小男たちが歌いながら作業をしている。

「ベーコハ! ベコハ! タンチラナクルア!」

 ドンドンドン! ドンドンドン! 金づちの音に合わせて歌う。

「ドケドケゲンニィ! ドワフがトオルゾ!」

「イオイオ、チッコォ、レソゲテナーヤ!」

 市場が開かれる直前、市場に一番に活気がある瞬間だ。夜中にはただの更地だったところに、朝日とともに小男が現れ、次々と店を建てていく。彼らはドワーフ。シーサイドの第2市場の管理者に雇われている。

 朝日とともに店が建てられ、夕日とともに分解される。その音はニワトリの鳴き声よりも高く響くのである。

「ありゃありゃ、まあまあシャライじゃないですか?」

「ん? なんだコッチィか……」

 見ると、小さな人間がシャライの周りを飛んでいた。彼はコッチィ・ヨルイ。フェアリーである。

「なんでぇ、ひさしぶりじゃねぇか。どうだい、王都のほうは」

 コッチィは行商人だ。シーサイドで仕入れた魚を王都まで運んで売りさばいている。

 コッチィは腕を組んで、悩んだ様子で言う。

「いやまあ、平和なもんさ。トリッピ―がお姫様になったときはどうなるかと思ったら。うまくいってるようさ」

「まあ、リンネィよりはマシだよな」

 アッハハと笑う二人。

「今は何を仕入れている」

「ああ、これさ」

 そう言って、コッチィは一冊の本を取り出した。

 開いてみると、はて、奇妙な絵だ。

「なんでぇ、画集か? 目がやたらと大きいし、しかも絵の一つ一つが小さかったり大きかったり、わけわからん」

「なんでも、マンガってものらしい」

「マンガ?」

「そ、右から左、下、右、また下って流れで見てみな」

 そう言われ、見てみる。遅刻遅刻と走る女、向かい合うように走る男、まかり角にいる二人の少女、ぶつかる、何すんのぉ! とケンカする二人。

「アァ……ストーリーになってんのか。文字で説明すりゃいいものを。よみづらいといったらありゃしない」

「王都じゃ流行ってんだぜ」

「なんだって、このぶつかったらケンカしたみたいなどうってことない話がか?」

「流行りはみずものだからね。何が流行るかはわからんもんさ」

「そんじゃ、ボクは23番だ。キミは?」

「24番」

「となりじゃないか」

 第2市場は毎日、番号が発行される。そこに行けばその日の店がドワーフによって設営されている。そこに商品を並べ、売るというわけだ。

「それじゃあ行こうぜ」

 と、コッチィはシャライの肩に乗る。

「楽しやがって……」

「これでも妖精は大変なんだよ」

 と言って、コッチィはキセルをくわえた。

「妖精のイメージも台無しだな」

「ほっとけ……」

 二人はドンカラ響く音を気にもしない風に自分たちのお店にたどり着くと、すでに店は設営されていた。

 シャライが商品を並べる24番の建物の隣には、人型の爬虫類が商品を運んでいる。

「ワコイカ、準備はできてるか」

「ハァイ! 旦那、準備はできてやすぜ!」

 爬虫類は快活そうに答える。彼の名はワコイヤ・フフン、竜人である。コッチィの部下だ。荷運び、護衛を受けたまっている。

 シャライも自分のとこに商品を並べた。

 並べ終わると、ちょうど鐘の大きな音が鳴る。

 カァン! カァン!

「第2市場。解放!」

 カァン! カァン! と鐘の音が大きく響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界生活(仮) 神島竜 @kamizimaryu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ