第5話

 坂下はまた電車に飛び乗ると、以前住んでいた家に向かった。最寄りの駅で降りると、記憶を頼りに歩き出す。

 途中、少し大きな公園があった。そこでは小学校前の子供たちが母親に見守られながら遊んでいる。あの子供たちの中に、自分の子供がいるだろうか。そんな気持ちで、ぼんやりと眺める。すると、足に軽い衝撃が来た。

「ん?」

 坂下は現実に引き戻され、足元を見る。すると小さな男の子と目があった。坂下が固まっていると、母親らしき声が聞こえてくる。

「すみません~。ほら、おじさんにごめんなさいは」

「ごめんなさい……」

 関わりたくないというように、子供の手を取ってその場を離れようとする。男の子は急いで母親の後ろに隠れ、形式的に謝った。坂下も苦笑いで答える。

「すみませんでした」

 坂下が母親を見る。するとそこには、別れた妻の雅美が立っていた。

「……、雅美?」

 ハッと、雅美が動きを止める。恐る恐る坂下の顔を見ると、呟くように名前を呼んだ。

「直哉さん?」

 信じられないという目で、坂下を見る。坂下が笑顔なのに対し、雅美は眉間に皺をよせた。それを子供が心配そうに見つめる。

「何しに来たの? どの面下げて逢いに来たのよ。あなた、自分が何したかわかってるのかしら?」

「……」

 坂下の顔が段々曇ってくる。その顔に少し罪悪感を感じたのか、雅美は責める口調を緩めた。

 子供を友達と遊ばせ、坂下と雅美は公園のベンチに座った。しばし沈黙があったが、雅美の方から声をかける。

「あの後、どうしたの? 仕事辞めたって聞いたけど」

「あぁ……」

 坂下は言葉を濁す。雅美は何かを察したのか、その話を打ち切るように続けた。

「何で会いに来たの?」

「……、急に思い出して、会いたくなったんだ。別に話をしようとかそういうんじゃなくて……、遠くからでも見れたらって……」

 「今まで思い出さなかったのか」そう言って怒るかと思った。しかし雅美は小さく笑うだけで、何も言わない。

「あの子、名前は?」

「修よ」

「修か……。お前、再婚は?」

「そんな暇なかったわよ」

 呆れたように手を振る。それを聞いた坂下に、ある考えが浮かんだ。それと同時に、無理だとも思う。しかし言いたい気持ちが先に立った。

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