第8話 魔術ー2

 かれこれ一時間、ハヤトはベッドの中で寝がえりを繰り返し続ける。最初は羊を数えたり寝返りの回数を数えたりと眠れるように努力していたのだが、それすらも億劫になった。


 ───眠れない。


 ハヤトは頭に覚えた違和感をいまだに払拭できていなかった。

 ロンドにメアの事を聞いたり、ハヤトがメアに言われたことを話したりすることもできるのだが、それでは何の解決にも繋がらないとも思える。

 なぜなら、ロンドは、例えメアの事について何かを隠していたとしても絶対に話はしないだろうし、メアの発言の真意になど触れようとはしないだろう。

 そしてなにより、ハヤトはメアにロンドと話したことを知られてギルドメンバーとして良好な関係を保てなくなるであろうことを怖がったのだ。

 嫌がる。ではなく、怖がった。


「俺が・・・・・・何か口が出せるようなことなのかどうかも、ましてや本当に何かあるのかどうかすらわからないしな・・・・・・」


 自分のいた世界とは全く勝手の違う世界でいまだごく一部の稀有な仲間を失うことに恐怖を感じる。馬鹿らしいと思われるかもしれないが、案外当たり前なのではないだろうか。


 さらに小一時間考え続けて、ようやく睡魔にいざなわれ、ハヤトは眠りに就いた。


*翌朝*


 朝日の光が窓から差し込み目が覚める。


「睡眠時間が足りない・・・・・・」


 今まではほぼインドア、外出するとしてもオフイベントや大会程度のゲーマー生活───ゲームを生業としているプロなのでニートではない───を送っていたハヤトにとって、睡眠というのは集中力を回復させるもの程度の、一つのプログラムに過ぎなかった。

 だが、今のハヤトは冒険者である。体力の消費は今までの比ではない。これからは十分な睡眠を取れるようにしなければ。

 そう考えながらリビングへ行くと、シーム、フィティス、メアの三人が待っていた。


「・・・・・・おはよう」


「ハヤトおめぇ、顔色がヤベェぞ」


「骸骨みたいになっちゃってるよハヤト君」


「・・・・・・野垂れ死ぬわよ」


 ───俺の顔、そんなにやばいか?


 一通り朝の挨拶を済ませ、簡単な朝食をとる。

 ハヤトはこの時気づいていなかったのだが、後に三人から聞いた話では、「糸人形のような不気味な動き」をしていたらしい。

 原因は明らかに寝不足である。

 ハヤト自身も自覚はしていたが、まさかそこまでとは思っていなかった。ただ眠気が常に襲ってきて、体が重たいくらいにしか考えていなかった。



*真昼:草原*


 さわやかな風が吹き、太陽ソルは中天に輝き、実に洗濯びよ・・・・・・もとい過ごしやすい天候である。

 ただ、この寝不足の前では過ごしやすさなどハヤトのやる気には何の意味もなさなかった。というより、最”凶”のマッチングであった。

 昼食も取り、このポカポカと気持ちのよい気温に、涼しさを運んでくる心地の良い風。そして、眠気。

 これらによって導かれるもの。それすなわち───至極最高の昼寝。

 ハヤトは他三人がまだ弁当を食べている間に、ストンと眠りに落ちてしまった。


**********


 ───ハヤトは、世界を不思議な視点から見ていた。

 意識がまだはっきりとしていないからか、感覚が消えているのかわからないが、とにかく、世界を逆さまに見ていた。

 目線を下に下げると空、上に戻すと地面。・・・・・・そして体に纏っているなぞのモヤ。さらには地面に描かれた謎の紋様。

 ここでようやく、体に感覚が戻る。途端、頭が熱くなった。血が上っているのだと気づく。

 そう、ハヤトは今、木にくくりつけられたロープによって足をまかれ、宙吊りにされていたのだった。

 感覚が戻ったといったが、撤回しよう。ハヤトはこの状況を認識できるほど精神が鍛えられていなかったのか、何の危機感も感じていなかった。

 ただ、やはり五感は働くようで、ハヤトは四方から湿った音が群がるように近づいてきていることは察していた。

 ただ、聞いているだけでそれが何かは考えない。

 見えそうなものに興味を持たない。


**********


 ───つまらない!

 メアは、草原のところどころに生えている少し背の高い草の影に隠れ、そんな悪態をついていた。

 何故、あの状況で慌てないのか?

 何故、あの状態で助けを求めないのか?

 ・・・・・・そして。

 何も行動を起こさないハヤトに対する焦りも心のどこかで感じている自分もつまらないと思っていた。

 あんな出会って数日もたっていないほぼ、、赤の他人のハヤトに「優しい」などと言われ、それに対して謎の意地を張っている自分もばかげていると思っている。

 だが、だがしかし、そんな自分の心の迷いにさえも、つまらなさを感じる。

 自分の思考にかかったベールを剥がさぬまま、術式を起動する。


「・・・・・・蠢け。如何なる黒より濃く、如何なる影より深く。其の下より湧き上がりし闇。全ての抗いを無に!・・・・・・ヴォイド!!」


 ハヤトの下に書かれた紋様に組まれた術式は二つ。魔物をその場に集める『ヘイトポスト』。これは既に起動してある。次に、魔物を闇で包み込み、飲み込む『虚無ヴォイド』。

 紋様が活性化し、蠢く闇があふれ、群がる魔物に覆いかぶさるように這い上がり、最後は燃える炎の様に騒いだかと思うと、魔物を飲み込んで消え去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無限の世界に冒険と物語を添えて @sobaya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ