知られざる英雄、後編

 人知れず、世界を救おうとした青年が死んだ。彼は希望を捨てず、里を訪れた誰かにその後を託した。


 一方…ここは都市部の中心地。里で起こった事態を知る、国の首脳陣が集まるビル。青年が死んだ数日後、その一室でとある会議が開かれた。


 ―――


 朝一の会議を終わらせ、次に待つ会議へと向かった。


「おはよう、諸君。」


 関係者は既に集まっており、その全員の顔が明るい。どうやら、里の件は解決したようだ。


「…それで?事態は、上手く収拾したのかね?」


 それを確信しながらも、お決まりの文句を放つかのように尋ねた。


「首相、ご安心下さい。万事が上手く動いております。」

「…そうか。」


 そして、責任者の返事に安堵した。


「これで大勢の生活が保障される。この大都市に住む、全ての人々が安定した日々を送る事が出来るのだ。」

「その通りで御座います。」

「しかし…犠牲になった方達に申し訳ない。」


 だが、心の隅に少しの罪悪感が残る。全てを確認するまでは心が晴れない。


(私はまだ…英雄にはなれないのだ。)


「住む場所を失った人達は、何処に移住したのかね?」


 だから別の責任者に尋ねた。里を追われた人々の、その後が気になって仕方がない。英雄になりたければ犠牲を最小限に抑え、しかし、全てを救わなければならない。


「………。」

「?どうしたのかね?」


 しかし一連の動きの、仕上げを確認したい私を見る責任者の顔色が悪い。これまで明るかった、他の者達の顔までが暗くなった。


「首相…。実は…」

「???」


 返事を待つ私に対してダム拡大の責任者…つまり、里との交渉を行った者が手を挙げた。


「……!?」


 そして、彼が続けて口にした話に言葉を失った。全身の血が逆流した。想像もし得なかった結果を知らされ、気を失いそうになった。


「馬鹿者!それが国を治める一員の行動か!?」


 昇った血が落ち着かない。それでもどうにか声を出せた私は罵倒だけを残し、会議室の扉を強く叩いた。



(あり得ない!あってはならない事だ!!)


 自室に戻っても、耳にした報告を飲み込めない。脈拍は高鳴るばかりで、自責の念にも駆られた。




『コンッ、コンッ、コンッ!』

「………。誰かね?」


 平常心を取り戻した頃、誰かが部屋の扉をノックした。例の責任者だ。


(狙ったかのようなタイミングだな…。)


 彼との付き合いは長い。若き頃からの、頼りになるパートナーだ。お互いの事を知り尽くしている。共に歩み、共に国を豊かにしてきた。


「………。入りたまえ。」


 そして…同じ夢を抱いていた。しかし私が首相になった時、彼はそれを諦めた。英雄になる事を放棄し、私の手足となる事を誓ったのだ。


「尋ねよう。どうして君は、私の信頼を裏切った?私は…全てを救いたいのだ。全てを救う…英雄になりたいのだ。」


 そんな彼が、私の信念を知る彼が里の人々を見捨てた。生物兵器を使い、虐殺を行なったのだ。


「夢は…見続けるが良いさ。」

「………。」


 部屋の扉をしっかりと閉めると、彼の言葉は世間体を無視したものに変わった。


「現実は厳しい。それを直視せずに事は進まない。現実は俺が見る。だからお前は、夢を追い続けろ。」

「………?」

「里の恨みは俺が受ける。だからお前は、この都市に住む人々の安息だけを考えろ。」


(………。)


 里の事は知っている。老いた者ばかりが集まる、廃れた集落だ。だが、そんな人達にも人権は平等に与えられる。国がそうさせ、私もそれに倣ってきた。そうあるべきだとも思っている。

 しかしそれが理由で、里から傲慢な要求を受けた過去がある。ダムの建設に関して、里を捨てる代わりに大金を寄越せとの要求だった。勿論、犠牲に対しての何らかの補償は必要だ。しかし、里の主導者の提案は余りにも不公平なものだった。結局、ダムの建設は当初の半分の規模で行なわれた。支払った金額に対して、国が得た権利は少なかったのだ。

 それでも、多くの人々が安定した暮らしを受ける事が出来た。水源がないこの土地に大都市が構築されたのだ。


 しかしそれも、もう限界だ。爆発的に人口が増えたこの大都市は、更なる水の供給を必要としている。だから彼を責任者として挙げ、里との再交渉を進ませた。


「数年前から秘密裏に交渉を続けてきた。だが、例の主導者は依然として変わらない態度で交渉に臨んだ。話は平行線を保ち、もう、臨界点を通り過ぎたんだ。」

「………。」


 里の主導者は、最後までダムの拡大に反対したそうだ。前回を遥かに上回る補償を提案しても譲らなかったと言う。


「遂には、世間に訴えると言い出した。…都市部はお前のおかげで、平和に浸る人間ばかりになった。矛盾が生まれる。誰にも処理出来ない問題が起こる。…分かるだろ?」

「………!」


 彼は悟っていた。里が声を大にすると、都市部の人間はそれに味方する事を。


「くっ!」


 しかし、水源が乏しくなると国を責め始める。私は拳を強く握り、自身の無力さに苛立ちを覚えた。


「男には、更なる大金を渡すと嘘をついて黙らせた。その隙に兵器を投下した。」


 金の亡者である里の主導者は更なる金額の提示を前に、やっと首を縦に振ったと言う。


「………。」


その腹黒さを知った私は罪悪感を忘れた。救う価値もない存在だとも思った。




「………。」

「………。」


 暫くの間、部屋に無言の時間が流れた。その間、親友は言葉を待ち続け、私は…その言葉を口にする覚悟を決めようと努めた。


「………。里の人間は、全て死んだのか?」

「………。ああ、間違いなく死んだ。投下した生物兵器の威力は絶大だ。」

「その後の影響は?」

「安心しろ。あのバイロスは、宿主を失うと直ぐに死滅する。人間以外には寄生をしない。それでも万が一に備え、兵器を投下して一ヵ月以上経った頃に調査員を送った。里の者は全て死に絶え、バイロスも死滅していた。」

「なるほど…。」

「それにしても…全く以って理解出来ない。バイロスとは…不可解な存在だ。宿主を無くしては生きていけないのに、繁殖繁栄の為に宿主を殺す。」


(………。)


 親友が抱いた疑問に私は、彼の行いが正しかった事を知った。


「まるで…都市部に生きる人達のようだな…。里の主導者と同じく、他の為に自らを犠牲にする心を持っていない。」

「………。」


…覚悟が決まった。


「ありがとう。」


 だから、彼が待ち望む言葉を口にした。


「これで…都市部の人々は救われた。誰一人として不満を覚える事なく、平穏な心を以って毎日を過ごせる。」


 国が責められる事を恐れたのではない。人々が、誰かに対して怒りや憤慨を覚える事を恐れた。しかしそれを、親友が阻止してくれたのだ。


「お前の苦労や心境は充分に理解している。さっきは、怒鳴って済まなかった。」

「…謝る必要はない。これからも俺を責め続けろ。さっきも言ったようにお前は、英雄になる事だけ考えれば良いんだ。」

「………。」


 彼との付き合いは長い。若き頃からの、頼りになるパートナーだ。お互いの事を知り尽くしている。彼も…夢を抱いていた。私と同じ夢だ。


「………。間違っていた。」

「???」


 …しかし私はこの時、ようやく悟った。


「英雄とは…君のような人を指すのだ。」


 人知れず、望まない事も大儀の為にやってのける。これ以上ない罪悪感を抱えているのに…それを表に出さず私を御輿として掲げようとしてくれている。彼には、拍手喝采も送られない。残してはならない歴史を刻み、その責任を一人で背負う気でいる。


「…これからも、国の為に尽力してくれるか?」

「当たり前だ。覚悟は、とっくの昔に決めてある。」

「………。」


 問いかけに、親友は何食わない表情で答えた。私は彼の手を強く握り、真の英雄とは誰なのかを確信した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る