親友
「さて、今日も出掛けるか…。」
ワンルームマンションに住む男が、そう言って出掛ける準備を始めた。時間は既に、深夜を過ぎた頃だ。
そんな時間に何処へ…?
彼の職業…いや、生業は強盗だ。酔っ払った中年男性、夜の仕事に向かう若い女性をターゲットにしている。
高校を中退して以来、この生業を10年以上も続けている。時としては暴力を行使し、殺人、強姦まで犯した経歴がある。
しかし彼は、これまでに捕まった例がない。
(それにしても…隣の部屋は今日も耳障りだな…。)
正体不明の凶悪犯が、今日も夜の世界に出掛ける。
家の扉を開けながら男は、世間が寝静まる頃に騒がしくなる隣人に腹を立てた。
…一方…。
「あ~。疲れた。」
とある男がいる。彼の仕事は刑事。凶悪犯だけを追い、優秀な成績を残すエリートだ。
とは言っても、まだ20代後半の使い走りだ。キャリアでもない。毎日のように上司にこき使われ、皆が寝静まった頃に帰宅する。
(またか…。やっとゆっくり出来ると思うと、隣の部屋がゴソゴソし始める。)
壁が薄いワンルームマンションに住む彼は、今日も隣人が出す騒音に腹を立てた。
(これでも喰らえ!)
刑事は、必ずしも全てが善人と言う訳ではない。彼はテレビを大音量にして壁に向け、耳栓をして眠りに就いた。
そして…次の日の朝…。
「ただ今…。」
「おう。戻って来たか?で、釣果はどうだった?」
「………。」
「?またやり過ぎたのか?」
「カバンを引っ手繰ろうとしたら、大声で叫ばれた。だから口を押さえ、裏路地に連れて行った。」
「…それだけか?」
「勢い余って…つい、刺しちまった。」
「キチンと殺したんだろうな?生き延びでもされたら、カバー出来ないんだからな?」
「あぁ、勿論だ。死体や凶器、血が付いた服はいつもの場所に隠して来た。」
強盗を生業とする男が、夜明けと共に家に戻った。…昨晩は、行き過ぎた犯行に及んだようだ。
強盗は一緒に住む男にそれを報告すると、報告を受けた男は急いでネクタイを締め始めた。
「それだけすりゃ上等だ。後は俺に任せろ。」
「今日も早いんだな?」
「ああ、いつも上司がこき使う。お前の後始末を考えたら、今直ぐにでも家を出なきゃならない。」
「…済まない。」
「良いさ。俺達は親友だろ?」
「………。」
身支度を終えた男はそう返し、急いで家を出て行こうとした。親友が犯した過ちを、無かった事にする為だ。
「ところでよ…。」
「?」
「隣に住む男、五月蝿過ぎやしねえか?俺はともかく、お前は迷惑被ってるだろ?」
「構いやしないよ。」
「何なら…殺してやっても良いぞ?」
「馬鹿言うな。隣人の殺人事件なんて、流石の俺でもカバーし切れない。それが出来るんなら既に始末してるさ。…それじゃ、急ぐから。」
「ああ、頼んだ。」
男にはそれが出来た。刑事である彼には死体の処理、証拠隠滅は難しい事ではない。
(ちっ!これっぽっちしか入っていねえ…。)
強盗である男は親友を見送ると盗んだ財布の中を覗き、その少ない金額に舌打ちをした。
「あ~あ!」
財布を壁に投げ付け、大の字になって寝そべった。
(今晩は、絶対大物を狙ってやるんだ。)
そして溜まった疲れを癒す為に、すやすやと眠りに就いた。
その寝顔は無邪気なものだった。彼には何の罪悪感、そして不安もない。唯一無二の親友が、いつも助けてくれるのだから。
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