神の領域に刻まれた宿命

 時は2201年…。2世紀前とは違い科学の進歩は著しく、人類はその力でありとあらゆる事を管理、支配、そして調節していた。温暖化問題、核問題、食料問題……。2世紀前には人類滅亡の理由とされていた事すらも克服した。


 下手をすると、宗教問題まで解決したかも知れない。宗派同士の対立や異宗教同士の争いなどは避けられないものの、医学や化学の発展は宗教と対立するどころか、信者達を味方につけた。



 神の領域と言われるDNA…。人間はその領域にも踏み込み、操ろうとしていた。




 とある都市での出来事…。界隈では、この数ヶ月で10件を越す残虐殺人事件が発生していた。

 警察は手口から同一犯による犯行だと判断し、犯人の人物像を割り出した。


 やがて容疑者を知る者が現れ、事情聴取する事になったのだが……


「私は、この人物を知っている。しかし……今の時代にいない…。」


 情報提供者の言葉に警察は呆気に取られたが、話を聞く内に、1つの可能性に辿り着いた。


「彼は、私と同い年の友人で…今は60を越す年齢です。写真の男は、どう見ても30代…。この写真が30年前のものなら、私の友人が犯人だと言える……。」


 医学の進歩は、神の想像をも超越していた。


「クローンだ……。」


 1人の刑事がそう呟く。


 近年の科学、特に医学の発達は著しく、人間はDNAをも自由に操っていた。

 対立する宗教団体とも協議を終え、国際的に決められた条約の下、DNAの操作を受ける権利が人間に与えられた。不治の病を持つ者や、子孫にまで影響するDNA異常の者、不妊の夫婦への子宝など……。

 しかしその審査は厳しく、滅多な事情がない限り、人はDNA操作を受ける事が出来なかった。




 刑事は情報提供者の証言に従い、今は60を越すと言われる男の下を訪れた。彼は3年ほど前に妻を亡くして以来、都市部から少し離れた場所で隠居生活をしていた。


「それは……私の息子です!」


 男は犯人を、自分の息子だと言い張った。

 そして過去を話し始めた。それは…違法な治療による不妊手術を受けた、いや、受けさせられた彼ら夫婦の話だった。


 彼の妻は生まれつき体が弱く、遺伝子異常も多く見られた。妊娠も難しい体だった。

 このような場合は国際条例に基づき、不妊手術の際、彼女が持つ劣勢、若しくは異常と言われる遺伝子を取り除き、配偶者の普通遺伝子を引き継がせて健康な子供を生む権利が与えられる。


 だが、ここで医療ミスが発生した。生まれた子供は何と100%、夫の遺伝子を持つ人間として誕生したのだ。

 それはつまり、クローンだった。


 条例が定める範囲では、両方の遺伝子を15%以上受け継いだ子供を作らなければならない。

 このような事故が発生した場合、残酷な話だが、子供は胎児になる前にこの世から消滅させられる。


 だが彼の子供の場合、3歳になるまで病院側がその事実を隠蔽していた。

 異常に気付いたのは両親で、不思議だと思った彼らは病院に尋ねた。


 そこで病院側は提案した。今回のミスは、このまま黙っていて欲しいと……。


 夫婦は違法と分かってながらも、3歳になった子供をこの世から消去する事が心苦しかった。

 妻の体にも問題が発生していた。もう、妊娠と出産に耐えられない体になっていたのだ。代理母を利用する事も出来たが、彼女はそれを拒んだ。


 結局彼らは病院と密約を交わし、医療ミスの隠蔽に協力した。


 そして3年前に彼の妻が他界、子供は自立して殺人が繰り返されている都市部に残り、彼は地方に身を移して隠居生活を送っていたのだ。




 男は、自分の息子が殺人犯である可能性も説明した。


「息子は、物凄く残忍な性格です。愉快犯として、理由もなく人を殺める可能性がある。何故なら……彼は私の遺伝子を100%引き継ぐ、クローンと言える人間だからです……。」


 男は自分の内に秘める、残虐性を吐露した。

 彼に前科はない。事件も起こしていない。

 しかし、幼少の頃から暴力的な衝動と戦ってきた。


「私なら!息子と同じ遺伝子を持つ私なら、あの子の行動パターンを全て読める!私も逮捕に協力します!!」


 彼はまるで自分の罪を償うかのように、捜査への協力を願いでた。




「いたぞ!」


 刑事は彼の協力を得て、遂に犯人逮捕の直前まで辿り着く事が出来た。

 男の推理は全て的中した。犯人の逃亡パターン、殺害の方法、殺した後の死体の扱い方………その全てを彼は理解していた。

 犯人は、彼のクローンなのだ。


(済まぬ…。息子よ…!)


 しかし彼は、息子の行動を的中させる度に胸を痛めた。



「そこまでだ!警察だ、観念しろ!!」


 刑事と彼の前には犯人がいた。

 犯人は若い女性に馬乗りになり、その首筋に冷たく光る刃物を当てていた。


「息子よ!どうかこれ以上の事は止めてくれ!」


 父親である彼は息子に嘆願した。


(胸が痛い!もう、これ以上は止めてくれ!)


 父親は心の中でそう叫んだ。


 しかし犯人は父親の言う事も聞かず、身動きも執れない女性に、何度も刃物を突き刺した。

 女性は悲鳴を上げ、泣き叫んだ。


(止めろ!お願いだから、もう止めてくれ!!)


 父親は女性の叫び声を聞く度に胸が痛くなり、遂にはその場で膝を着いた。


「息子よ………何故だ!?」


 刑事は、犯人の姿に呆然とした。彼は警察なのだ。その彼の前で犯人は、躊躇する事もなく殺人を犯したのである。


 正気に戻った刑事は急いで自分の懐にある銃を取り出し、犯人に銃口を向けた。


「止めてくれ!」


 それを側で見ていた父親は、刑事の銃を取り上げた。


 そしてその取り上げた銃で………刑事の腹に数発の鉛玉をぶち込んだ。



「何故だ……!?何故、今になって息子をかばう!?」


 今度は刑事が膝を着き、自分を撃った男に尋ねた。

 男は…静かにこう答えた。


「……かばったんじゃない。今、目覚めたんだ。息子が……私と同じ遺伝子を持つ彼が教えてくれた………。」

「……………?」

「私は……これまで自分を隠して、自分を殺して生きて来た。だが、それは間違いだったと、今気付いた。」

「!!!」


 そう言うと彼は刑事の体に、残った鉛玉を全てぶち込んだ。



(これだ……!60年もの間、私は自分を偽っていた。私が求めていたものは………これだったんだ!!これまで感じていた痛みは、罪悪感などではない!抑えられていた欲望が上げる…叫び声だったんだ!!)


 男の胸を苦しめる痛みは治まり、体中の血が逆流した気分になった。

 男は自分が犯した行為に、酔いしれていた。


(私はもう、自分を否定しない!…もう声は聞こえない。胸も痛まない。押し込まれていた本性は、もう私を攻撃しない…。私はそれと、一体になったのだ!)


 その余韻を楽しんだ後、60を過ぎたその男は、30年前の自分と瓜二つの息子と共に……闇へと消え去った。

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