短編集、R指定

JUST A MAN

続、例の怪談話

「お母さん!おしっこ~!」

「もうちょっと我慢しなさい?」

「出来ないよ~!おしっこ~!!」


 若い夫婦が、暗い晩に幼子を連れ、山道を車で走っていた。

 山を越すには数時間は掛かる。道も険しい。だから母親は、出発前に子供に用を足させていた。

 だが車酔いをした事も手伝ってか、子供は我慢出来ないと言い出した。



「ここなら、安全じゃないか?」


 仕方なく父親は、適当な場所で車を停めた。道路の幅に余裕がある、対向車からも見えやすい場所だ。衝突事故は起こらないだろう。


「怖いよ!こんなところでなんて、おしっこ出ないよ~~!」


 しかし用を足すには、少し危険過ぎる場所だった。左側のドアを開けたその先は、ガードレールもない断崖絶壁だったのだ。


「大丈夫よ。お母さんが、ちゃんと持っててあげるから。」


 怖がる子供の脇腹を、力強く握った母親がそう宥める。


「しーっ、しーっ…。」

「…………。」


 用も促すと、子供の体は素直に従った。


「ほらっ!出来たじゃない?今度からは、キチンとトイレしてから山に登りましょうね?」


 山の向こうには、夫の実家がある。毎年末、必ず通る道だ。

 それが分かっていながらも、生理現象には勝てないのが子供である。


「ふっー!やれやれ…。」

『ガラッ!』

「!お母さ~~ん!!」


 子供の事情は分かっていても、気が疲れた母親が失態を犯した。子供がまだ崖の淵に立っているのに、脇腹を握る手を放してしまったのだ。

 子供は大声で叫びながら、暗闇の中に消え去って行った。


「!そんな!!」



 次の日、警察は子供の遺体を捜索したが、結局は見つからなかった。高い崖から落ちたのだ。着地する前に、その体は散り散りになってしまったのだろう。




「もう、子供は持ちたくない。」

「頑張ろう。僕らには子供が必要だ。」


 捜索結果を聞かされた母親は、落ち込むだけ落ち込んだ。精神も疲れ果て、数年の間は子供を拒んだ。

 しかし夫の手助けもあり、新たな命を授かった。




 数年後…。


「お母さん!おしっこ~!」

「駄目!我慢しなさい!」

「出来ないよ~!おしっこ~!!」


 とある年末、夫婦は、まだ幼い子供と共に例の山道を車で走っていた。

 すると幼子が、激しいカーブが続く山中で用を足したいと言い出した。

 母親は、胸を痛めながら子供に強く言いつけた。


「出る!出ちゃう~~!」


 しかし子供は、母親の心境を理解してくれない。



「………。ここしかないか…。」

「!貴方!」


 夫は数年前の如く、幅が広くてカーブもない道に車を停めた。

 停めた後で分かった。ここは、以前に息子を失った場所だった。


「漏れちゃう!」


 妻の怒鳴り声に反省した夫であったが、それよりも早く子供が後部座席の扉を開けた。


「!!待って!」


 母親は焦って子供の後を追い、以前の如くその両脇腹を力強く握り締めた。

 すると子供は振り向き、母親にこう呟いた。


「………。今度は、しっかりと掴んでいてね…?」

「!!」


 母親は言葉を失った。何と子供は、数年前に亡くした息子の生まれ変わりだったのだ。


「ちゃんと…だよ?」


 そして子供の声が変わった。亡くした息子と同じ声になったのだ。こちらを睨む目付きも何故か、その時の息子に似ていた。


「きゃ~~~!!!」

「!!?マジか!?」


 その事に驚いた母親は、思わず自分の目を手で覆い隠した。

 同時に息子は崖から転落し、暗闇にその姿を消した。


「覚えてやがれ!もう1回、お前らの子供として生まれ変わってやるからな!!」


 壮絶な、叫び声と共に…。





「もう、子供は持ちたくない。」

「…………。」


 警察の捜査が終了した数日後、母親は数年前と同じ言葉を口にした。

 だが夫は以前と違い、何も話さなかった。

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