三の乱 彼女たちの正体
「ゲホ、ゲホ」
野辺コーチと吉田コーチに助けられた博和はまだゲホゲホなっていた。
「しっかりしろ」
「大丈夫か、ひでー事するよな」
野辺コーチが、律子に対して、
「土肥さん、これはやり過ぎです。博和の態度にも問題がありましたが、これは虐待や体罰です。もしもの事があってからでは遅い…」
「甘い!!!野辺コーチや吉田コーチたちの叱り方は子供に善悪をきっちり教える基礎がなっていない。スポーツマン、いえ、他の子たちより年長でありながら、厳しい態度見せないから調子に乗って付け上がるんです。大人になり大惨事を起こしてからでは遅いんです!!!」
かなり、キツイ口調で反論する律子。
恵美と巴は一緒に周りの皆に謝る。
博和はショックが大きく早退することになった。
律子も吉田コーチとオーナーの所に水着のまま行くように指示され、行ってしまい、恵美と巴が授業をすることになった。
「律子先生、おっかないよな」
「ああ、あの博和が泣くんだもんな。昔の漫画にはおんなじ名前の優しくセクシーなお姉さん先生がいるけど、雲泥の差だよな」
二人がヒソヒソとプールで話していたら、
「そこ、やる気がないなら帰れ」
律子の地獄耳でさらに怒鳴る。
「はい」
「気を付けます」
二人は平泳ぎを続ける。
「ありがとうございました」
時間になり、全員プールから上がる。
着替える真緒と拓海は、あの様子だと律子に完全に目を付けられたと察した。
だけど、派手に投げ飛ばされた博和のことも心配だった。
「博和、大丈夫かな?」
「こっそり、アイツん家に寄ってみる」
「そうだな」
三人とも学校はバラバラだが、住んでいる町内は近かった。真緒の家は藤村市の外れにあり、博和の家がある近藤市とは境界線である堀内川を挟んで、橋を渡ればすぐなのだ。さらに下流に進むとY字になっていて、溝延町と言う所でそこが拓海の家があるが、ここも橋を渡れば、真緒の町にも博和の町にも両方行けるのだ。この様に、彼らは違う町内でもちょくちょく顔を合わせるので仲良くなり、ここスイミングとジムが併用されたスポーツセンター
「アクアポリス」がオープンし、三人はスイミングに通い始めて交流を深めている。
「まあ、通い出したのも僕が堀内川に落ちて溺れていたのを博和が助けてくれたのが動機だけどな」
「あいつのパパ、かつてはオリンピックを期待されたスイマーだったみたいだから、ここが出来るまで送迎バスで隣の遠山市まで通っていたみたいだぜ」
「山の上にお城がある町かよ。遠いな」
真緒と拓海は、バッグを肩に掛けて用水路沿いの道を歩いていた。
遠山市、かつて戦国時代は辺り一帯を支配していた
その山頂にそびえ立つ木造の漆黒の三層天守閣を持つ天下の名城「多聞城」がある。
「うちの学校も春の遠足はそこか、海沿いにあるでっかい水族館のどちらかだな」
「おれの所も」
学校こそ違うが、真緒も拓海も博和も妙に気が合う。
始めてあった時も山王祭りと言う夏祭りの時だった。それからなんだかんだで五年、スイミング以外でも時間があれば、三人で公園で遊んだり、ゲームやお菓子を持ち寄り、三人の誰かの家で遊んだりしていた。
博和の家が見えてきた。
「今晩は」
「拓ちゃん、真緒くん、いらっしゃい」
「おお、スイミングの件かい?」
「おじさん、おばさん、博和いますか?」
美紀さんと健司さんは博和の両親で、町で有名な特産品を販売している百姓市場で働いている。二人とも気さくで優しく、間違いをしたら本気で愛情を持って怒ってくれるしっかりした両親
だ。
「うちのバカ息子が、先生や他の子に何かいたずらしたんだろう。まったく、しょうがない僕ちゃんだ。ごめんな二人とも心配かけちまって」
「いいよ。おじさん」
「博和のムードメーカーがいないとスイミングが楽しくないもん」
健司は息子がやらかして泣いて帰って来るなどしょっちゅうなので、今回みたいなことは慣れていた。さらに、美紀も、
「ヒロくんが先生にセクハラまがいのいたずらしたみたいに聞いたけど、今回のはいい薬と思って貰わないと…お隣の奥さんもプールで、ヒロくんがいたずらしていたと聞いたからね」
仕事やご近所付き合いの中で息子がやらかすことは律子の耳以上に、すぐに両親や祖父母の耳に入る。
「まあ、明日にはケロッとしているから、また、厳しく叱るけどね。真緒くんと拓ちゃんもありがとう。気を付けて帰ってね」
「はーい」
二人は博和の家をあとにした。
そして、橋まで来ると真緒は左、拓海は右に曲がって自分の町内に向かって歩いた。
(博和もあの様子なら、大丈夫そうだな)
真緒は自宅の近くまで来た時、後ろから一台の車が彼を追い越した。すると、車の助手席と左の後部座席に知っている顔が見えた。
「律子先生と巴先生…?」
漆黒の闇の中にその車は消えていった。
「仕事終わりの合コンとか女子会かな?乗っているのも最新のベンツだったし…」
真緒は帰宅すると、祖父母がテレビを見ながら出迎えてくれた。
「真緒ちゃん、お帰り」
「真緒ちゃんよ。水泳はどうだ?」
「じいちゃん、ばあちゃん、ただいま。うん、楽しかったよ」
「そうかい、あと、博和ちゃん、泣きながら帰って来ていたけど、先生や先輩におこられたんか?それとも、友達とケンカでもあったのか?」
祖父の
「新しい女の先生が三人来たんだけど、三人ともハキハキ物申す姉ちゃんたちで、博和のヤツ、プールに突き落とされたんだ」
「あれ、お転婆な先生じゃ」
祖母の
「ばあちゃん、何を言ってるの。博和がガチ泣きするくらいおっかないんだぞ」
「ハハハ、私らの子供時代は軍隊帰りの厳つい先生に「並べ」って言われたら、男の子も女の子も往復ビンタじゃ」
史子は笑いながら昔を思い出す。
それは、広海もだった。
祖父母は昭和三年の生まれで、バリバリの戦前のコンプライアンスなんて概念も言葉もない。まさに、戦争の時代に突入する前夜の世界だ。
「じっちゃんたちはすげー時代に生まれたんだな。僕はまだ幸せなほうだな」
「真緒ちゃんも博和ちゃんたちは、まだ恵まれておる」
広海はキセルをふかしながら笑う。
「おじいちゃん、昨日、先生からタバコはアカン言われたでしょう」
史子は、広海のキセルを取り上げる。広海はちぇっとなる。
だが、真緒は件の博和を泣かせた律子と一緒に乗っていた巴のことが気になる。なぜ、この近くを走っていたのか…?
同時刻、真緒の家から少しだけ離れた丘の上の一軒屋。
「律子、やり過ぎよ。博和くん泣いていたじゃない。生徒を投げ飛ばすなんて目立ったら、計画がバレるかもしれないでしょう」
巴と恵美が律子に注意する。
「何を言ってるの…子供のうちだから厳しく躾けなければならない。特にあの生意気な三人組には注意を払わなければ…勘付かれたら…」
「そうね…私たちの理想郷を創るための全てを注ぐ」
すると、彼女たちは立ち上がり、部屋の奥へ姿を消した。
そして、そこである衣装に着替えた…
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