第22話 落選
落選後高杉は途方に暮れていた。さすがに1週間は何もする気にならなかった。落選は経験した者にしかわからない辛さだ。ましてや初陣の落選ではない。4回目で初の落選だ。周りのショックも大きい。「参った。これからどうするか。先ずはやっぱりお世話になった方々に挨拶廻りだな」高杉は選挙の御礼に廻った。この頃はまだ皆んな同情的であった。「すみません。私の力不足で申し訳ございませんでした」「いやーこちらこそ力不足で申し訳ない」「とんでもございません。全て私の不徳の致すところです。次も頑張りますので今後ともよろしくお願いします」「そうだよ。まだ若いんだから頑張ってよ」「ありがとうございます」概ねこんな調子であった。
県議選の2週間後には市議選の告示があった。高杉の後輩たちも何名か出馬していた。当選していれば当然応援演説等の要請があり駆けつけるところだが落選した者には当然縁起が悪いので声など掛からない。にも関わらず1人から出陣式で話をして欲しいと言う声が掛かった。「いやー申し訳ないけどそれはできないよ。選挙は運も大切にしなきゃダメだから落選した人間を呼ぶのは良くないよ」「いえ。わかってますが是非お願いします」しかし高杉は断った。「俺がやったら迷惑をかけるだけだからな」落選者には世間の目も厳しい。
「これは地元にいない方がいいな」高杉は妻の麻里と共に温泉旅行に出かけた。田舎から母親を呼び留守の間家と子供の事は任せた。「お袋悪いけどさすがにちょっと疲れたから麻里と温泉でも言ってくるわ。子供ら頼むよ」「そうだね。たまにはゆっくりしてらっしゃい」「悪いけど頼みます」
高杉は麻里と富士山の麓の温泉に行った。この宿は以前中田と訪れた宿だ。
「実はここは市長が元気な頃一緒に来たんだ。市長はここが大好きで疲れを癒しによく来てたんだよ」「ふーん。素敵なところよね」「なんだか思い出すな。あの頃は良かったよ。でも今思えばあの時が市長が酒を飲んだのは最後だった気がする。あれ以降酒をやめてたよ。あんなに酒が好きだったのにピタッとやめた。あの時にはもう多分病気だったんだろうな。本当惜しい人をなくしたよ」「市長が生きていればあなたも全然違っただろうね」「そうだな。まっでもしょうがないよ。全部自分のせいだから」高杉は何があっても人のせいにはしないようにしている。何故ならば自分のせいにした方が気が楽だし人のせいにすると立ち直りも遅いと思っていた。確かに人間人のせいにするとろくなことはない。自分のせいだと思えば諦めもつく。「まーせっかく来たんだからたまにはのんびりしよう」「そうだね。二人だけで出かけるなんて子供ができる前以来だからね」
二人はゆっくりくつろいでいた。ここの宿の最上階には富士山が目の前に見える絶景の露天風呂がある。シチュエーションは最高だ。
高杉の電話がなる。「はい。もしもし」「あっ。高杉さん。すみませんがうちの候補者危ないんで力貸してくれませんか」こんな電話がひっきりなしに掛かって来た。「あのさー悪いけど俺今地元にいないから、悪いな」全く休ませてくれない。高杉には支援者の名簿が10、000件近くある。それが欲しいのだ。市会議員の選挙は3,000票取れば必ず受かる。10,000の名簿があれば相当有利に戦えるからだ。
「全く冗談じゃないよ。少しは休ませろよ」「何。又、選挙の事」「あーそうだ。落選者は縁起は悪いけど名簿は関係ないからな。それが目当てだろう」
翌日、麻里と二人で忍野八海や色んなところを廻った。「そういえば昔みんなで富士山に登ったっけな。あの時は強風で参ったよ。美穂を抱きかかえて最後は登ったもんな。今じゃもうできないな。さすがに俺も歳をとったよ」「そりゃそうでしょう。今じゃ美穂なんて抱っこできるわけないわよ。パンパンだからね」「そんなに太ってないだろう」「太ってはいないけど、何ていうかガタイがいいって感じよ。私なんかより全然でかいから」「そうなんだ。でもあの子めちゃくちゃ可愛いくなって来たよな。ちょっとやばくない」「まー可愛いけど、本人は丸い顔がいやみたいよ」「そりゃもうちょっと年頃になると変わってくるから心配ないよ。まっお前には負けるけどな」「よく言うわよ」「いやいや本当本当。さて、そろそろ帰って風呂に入って飯だな。ここの飯は美味いよな。昨日もうまかっただろう」「そうね。今日は何かしら」「わかんねーけど昨日と一緒って事はないだろう」
二人は宿に戻りゆっくり温泉に入り夕飯を食べた。
「いやーしかし美味いなー。子供達も連れてくれば良かったな。なんかお前には悪いけどなんかやっぱり子供達が一緒じゃないと落ち着かねーよ」「やっぱり私もそうなのよ」「そうだよな。なんだかんだ言ってもうちはいい家族だと思うよ。やっぱり明日帰ろう」「そうね。早く子供達に会いたいね」「そうだな。それにもう落ち込んでもいられないよ。これから片付けなきゃならない事も沢山あるからな」「頑張りましょう」「了解」
翌日宿を後にし家に戻った。
「ただいま。おう広樹、美穂元気だったか。お袋悪かったな」「どうしたの早かったじゃない」「いやーなんか二人だけだとやっぱ落ち着かないや」「そりゃそうでしょう。それが親ってもんよ」「そうだな。ありがとう。助かったよ」「そう。私は明日帰るけどしっかりしなさいよ」「あーわかってるよ」
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