第21話 開票
年が明け平成25年1月に入り今度は各地区・各種団体の新年会廻りだ。通常の年でも忘年会・新年会は合わせて80箇所程度出席している。今年は恐らく妻と二人で200箇所は超えるだろう。とにかく一人でも多くの方と接し一人でも多くの方と握手をする。それが選挙だ。高杉と彼の妻は別々に分かれ必死に廻った。
この時期高杉は資金不足で悩んでいた。昨年の4月から選挙活動を行い既に⒈,000万以上使っている。会社をやっている時なら何ともない金額だが高杉は会社清算の為、資金的な余裕はない。「仕方ない。あの人に頼んでみるか」
高杉は競輪場に行った。その人は開催日は必ずと言っていいほど競輪場にいる。「こんにちは。木暮会長。ご無沙汰してます」「おー高杉か。久しぶりだなぁ。どうした」「実は会長。お願いがあります。私が今度の県議選に出るのはご存知かと思います」「あー知ってるよ。ちゃんと応援してるから心配すんな」「はい。ありがとうございます。その件なんですが、実は資金が尽きてしまいました。何とか融通していただけないでしょうか」「いくらだ」「あと1,000万あれば何とかなると思います」「1,000万か。まー俺も小泉と渡辺には頭にきてるからな。おまえには頑張ってもらわんとな。よし。わかった。明日もう一度来い」「ありがとうございます。あの申し訳ないんですけど現金でお願いします」「アホ。当たり前だろう」「ところで会長。今の所の情勢はどんな感じですか」「そうだな俺の所に入ってくる情報だともうちょっとって感じだな。もう一踏ん張りすれば何とかなるんじゃないか。まー頑張れよ」「ありがとうございます。頑張ります」
高杉は競輪場を後にした。「よし。これで戦える」
この木暮と言う男はアポロ市の影のドンと呼ばれており中田と山口のアポロ市を二分した市長選挙の時も最後に民生党を中田につかせたのがこの男と言われている。
2月。選挙まであと2ヶ月だ。相変わらず高杉への嫌がらせ、妨害は続いている。嫌がらせの電話。怪文書。誹謗中傷。日毎に勢いが増してくる。そして昨年暮れに高杉はホームページを新しくしたが何故か「アポロ市市議会議員高杉涼」と検索しても全くヒットしない。これは選挙が終わるまで全くヒットしなかったが何故か選挙が終わった途端トップページでヒットするようになった。やはり妨害であろう。
そんな中、自由党アポロ支部の党大会が行われた。そこで最終的に公認、推薦が決まる訳だが高杉は鼻から公認はとれないと踏んでいる。推薦でも恩の字だと思っている。へたをすれば推薦ももらえないかも知れない。それだけは避けたかった。なぜならば高杉の地元の古川地区は4つに区割りされておりその中で最も強固な地盤は原の地盤である。推薦が取れなければそこからの支持もいただけない。そうなれば立候補自体も出来ない。結果、無事に自由党の推薦は受けた。ここで言っておかなければならないのは公認と推薦の違いだ。通常であれば公認は地盤を与えられる。推薦には与えられない。しかし今回の選挙は初めから多数立候補者がいるので地盤割は行わないと決定している。全て本人の努力次第となっていたので普段の選挙活動に於いてはほとんど違いはない。しかしやはり自由党員にしてみれば公認と推薦では受け入れ方が違う。そして投票所に行くと最も大きな違いがある。公認候補者は自由党⚪️⚪️と記載されているが推薦である高杉は無所属高杉涼と記載されている。これはやはり大きなデメリットであるのは間違いない。自由党にも浮動票がある。とりあえず誰でもいいから自由党の候補者に入れておくと言う人達だ。これが相当数いる。今回高杉にはこう言った票は1票も入らない。これは痛い。
結果無事に推薦はもらった。しかし現職議員が公認をもらえないと言うのは考えて見ればおかしな話だと思わざる負えない。
この時期高杉は選対組織を作れず頭を抱えていた。これまでの選挙で手伝ってくれていた人たちがほとんど渋っている。電話にすら出てくれない者までいた。原因は明らかで高杉に加担すれば小泉、渡辺の逆鱗に触れ仕事に影響するので来れないのだ。要は圧力が掛かっているのだ。これにはさすがの高杉も参った。「人間長いものに巻かれるか。この長いものは金と言う見返りまで付いてくるからな。参ったもんだ」ここまで順調に来ていた選挙戦が組織も作れないのではこの先戦えない。とりあえず決められるものから決めていこう。まずは事務局長だがこれまでの廣川も役所の仕事をメインとしているので圧力を受け受けてはくれない。高杉は青年会同期の田所に頼んだ。田所は何とか了解してくれた。難航したのは選対責任者だ。古川地区の歴代連合町会長には全て断られている。結果やはり以前より応援してもらっている連合町会副会長の佐藤にお願いし了承して頂いた。これで何とか形はできた。しかしやはり若い人間が圧倒的に不足している。主力はご近所のご婦人方だ。しかしこのご婦人方が頑張ってくれた。60人位の方々が電話対策、ウグイス、受付、接待、ローラー等非常に良くやってくれた。「何とかこの人達の笑顔が見たい。それには勝利しかない」高杉は奮起した。これに対し渡辺選対は各業者を中心とした物量十分の大護衛船団だ。それに小泉が異常と思われる程テコ入れしている。各種団体のほとんどを渡辺につけている。以前中田と高杉が出入りしていた組合も中田亡き後はことごとく小泉と渡辺が出入りしている。高杉は弾かれた。反町は公認候補なので自由党を中心とした充実した選対。永井は先代が機械関係であったのでこの組合を中心とした選対である。又、やはり歴代市長の身内であり、現職外務大臣の弟だ。強固な選対を組織している。圧倒的に組織では高杉は引けをとっていた。まさに孤軍奮闘だ。だがもはややるしかない。
妻の麻里も奮闘していた。高杉と麻里は歳は高杉が1つ上だが同じ大学の同級だ。大学2年の時から付き合い始め高杉27歳。麻里26歳の時に結婚した。今年で結婚25年だ。可愛い2人の子供にも恵まれた。「早いものだ。麻里にはまさに波乱万丈。スリルとサスペンスを与え続けているよな。よく付いて来てくれてる。ほんとに良い女房をもらった」と高杉は実感していた。
高杉は妻の麻里と二人で法華経の教えの立正会に入信していた。そこは市内で5,000世帯程が会員となっている大きな団体である。そこに高杉は月に2度程法座を聞きに行っている。選挙で嫌な事があってもここでの話を聞くと精神のバランスが保たれるのだ。先般こんな話を聞いた。「人生うまくいかなくて当たり前。うまくいくほうがおかしいのだ。」この言葉は高杉を楽にした。「そうだな。そう考えると気が楽だ」この立正会には高杉を含め3人の県会議員候補者が通っていた。その中に渡辺もいた。候補者と言うのはそこが票になれば出入りするのが常だ。それはわかる。しかし渡辺は民生党とべったりだ。そして民生党の母体は立正会と敵対する大正会だ。教えを冒涜するにも程がある。
2月。高杉等3人は立正会から推薦を受け会員5,000世帯を均等に分けて頂いた。これは人手不足の高杉にはありがたかった。又、妻の麻里が日頃から立正会の活動を一生懸命やってくれていたお陰で他の会員さんが本当に必死に頑張ってくれた。又、会員さん達のミニ集会に参加すると色々な行政に対する不満や色々な身の上話しも聞かされた。「これが政治活動の基本だ」と実感した。高杉はこの人達の笑顔を見る為にも頑張ろうと改めて心に誓った。
通常であれば3月議会は3月に行われるが選挙の年は一月前倒しの2月に行われる。無事3月議会も閉会しいよいよ選挙戦だ。
高杉は3月4日に地元古川地区の市民ホールで決起大会を行った。満席で600名入る地元古川地区では最も大きい会場だ。半分の300名でも大したもんだがやはり半分ではすかすか感が否めない。高杉は会場に入りビックリした。会場は700人を超え立ち見が出る程。大盛況である。これまで古川地区では明治以来保守系の県会議員が一人も出たことがない。「やはり地元の人は県会議員を必要としているんだ。これに答えないとな」と改めて感じた。この入りは選挙戦の出だしとしては上々だ。
この決起大会には小泉市長も駆けつけた。「古川地区の皆さんには私が県会議員の頃より本当にお世話になりました。この場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました。そして私が県会議員としてやり残した古川地区の仕事を今度は高杉さんに引き継いで下さい。その為にも彼を絶対に当選させて下さい。お願いします」
高杉の支援者達は閉会後口々に「よくあんな事言えるよな。渡辺を古川地区に入れてんのあいつだろう。どう言う神経してんだよ。高杉の邪魔ばかりしてるくせによ」
県会議員時代小泉の最大の地盤は高杉の地元の古川地区であった。古川地区は人口83,000人を数えるアポロ市最大の地区だ。この元々自分の地盤である古川地区を渡辺を連れて歩いているのだ。高杉にとってはとんでもない事だ。高杉はこの地元古川地区を母体として戦っているのだ。ある意味この古川地区が崩れたら高杉は終わりだ。支援者が愚痴るのも無理はない。
朝の駅頭も毎日続け日中は支持者の拡大に追われ、夜は各種会合への出席。ミニ集会への出席等目が廻る日々だ。
4月に入り役所は人事異動だ。これが驚く事に小泉に意見を言う人間が全て「排除」された。ほとんどの部長、課長が一気に異動だ。引き継ぎも何もあったものじゃない。これにはアポロ市役所は騒然となった。これでは仕事が滞る。皆、やる気を無くす。これからどうなるのか皆が不安がった。実はこの人事は小泉と渡辺が決めたものだ。当時の副市長は元々中田が選んだ副市長なので蚊帳の外だ。当然この副市長もクビだ。言うことを聞く奴らだけを側に置いたのだ。もはやアポロ市はめちゃくちゃである。
また、小泉は選挙公約で中核市を目指すと掲げていた。現在我が国は「普通市」、「特例市」、「中核市」、「政令指定都市」とに分かれている。この違いはと言うと簡単に言えば規模の違いである。人口・面積の違いである。現在アポロ市は「特例市」だがこれを「中核市」にしようと言うのだ。こんなものは別に目指すものではない。アポロ市はいつでも中核市になれる条件は満たしていた。中田はわざと中核市にならなかったのだ。それは費用対効果を考えて中核市になるメリットがないからだ。この他にも小泉は金のかかる新たな事業を行おうとしていた。金を動かせばその分懐が潤う。何とかせねばこのままではアポロ市の財政は破綻しかねない。中田のこれまでやってきた緊縮財政が元の木網。いや、それ以下になってしまう。民生党がいる限り生活保護者も減らない。生活保護者は民生党のもはや大票田だ。どんどん増やしていく。特にアポロ市の生活保護費の増大は凄い。これは選挙をやる度に民生党の票の伸びと比例している。これら全て民生党と自由党が連立を組むようになってからだ。早く連立を解消せねばこの国は滅びる。そしてアポロ市に於ける民生党はもはや福祉の党に非ず。金福の党だ。何とかせねばならない。
そしていよいよ4月3日の告示日を迎えた。立候補者は11名。定数は7名だ。ここまでの予想は共創党1名。民生党2名。民社党1名の4名が当選確実と言われている。次が自由党の4名。しかし残りの椅子は3つしかない。予想ではやはり現職で小泉が力を入れている渡辺がリード。永井と高杉がそれに続いている。反町は完璧に出遅れている。しかし反町は自由党公認候補。落とすわけには行かない。これから相当なテコ入れが入るものと思われる。
告示前の調査では高杉は5番手か6番手につけていた。
出陣式は古川地区のグランドで行われた。凡そ400名が駆けつけた。ここには新海と小泉も駆けつけた。新海「県会議員を出す事は古川地区の悲願です。高杉さんが当選すればこの悲願は達成され、古川地区も発展します。皆さん。私も一生懸命頑張ります。最後まで共に頑張りましょう」小泉「国・県・市の連携がまちづくりには欠かせません。この真ん中の県の部分を高杉さんにしっかりとお願いしなければならない。私は12年間彼を見て来ましたが私の後の県会議員を任せられるのは彼しかいないと思ってます。絶対に高杉さんを皆さんの力で当選させて下さい。私も目一杯頑張らせて頂きます。よろしくお願いします」二人は自分の挨拶が終わるとすぐに次の会場に向かう。高杉の話は聞かない。しかし必ず秘書は残して行く。
高杉は訴えた。「アポロ市は決してバランスの取れたまちではございません。日本の政治は良く西高東低と言われます。実はこのまちの政治も西高東低なんです。だからまちづくりもバランスが取れていないんです。そしてこのまちを動かしているのは自由党です。ここを変えるしかございません。今回の立候補者。ご覧ください。自由党は私以外みんな西側の人間です。東側は私一人なんです。私が受からなければこの不均衡は10年、20年いや50年経っても変わりません。どうか皆さん。私に皆さんのお力与えて下さい。よろしくお願いします。政治は未来を創るもの。政治は未来をつくるものです。皆さん私と共にアポロ市の未来。古川地区の未来。創りましょう。最後の最後までこの高杉涼にお力貸してください」「わー」大歓声だ。「良し。このまま行くぞ」今日から投票日まで毎日個人演説会だ。やはりここでの人の入りが活力にもバロメーターにもなる。この個人演説会には小泉も新海も声をかけていない。
出陣式を終えた高杉は亡くなった中田の自宅に伺い線香を上げ必勝を誓った。「市長。無事出陣式終わりました。厳しい戦いですが頑張ります。どうかお守り下さい」
「高杉さん。大変です。渡辺の出陣式の会場で何者かが高杉さんの中傷ビラを撒いたそうです。どうしましょう」「なんだそれ。どこまで卑劣な事をすれば気が済むんだ。どうもこうも今更どうしようもないよ。選挙終わってから考えるしかないよ。もう告示され選挙に入ってんだからしょうがないよ。八木だ。この男だけは絶対に許さない。選挙終わったら見てろよ。タダじゃおかない」高杉は誓った。
初っ端の個人演説会は古川地区の藤公民館。ここは市内で最も高齢化が進んでいる地域で夜間の集会に人を呼ぶのは難しい。案の定入りは6割程度。予想通りだ。「皆さん。ここ藤地区は市内で最も高齢化が進んでおります。高齢化率は何と既に30%を超えています。3人に一人が65歳以上です。これが藤地区の現状です。だからこそ市内で最も早く新しいまちづくりをしなくちゃならないんです。将来的にこのアポロ市は全て高齢化が藤地区の様に進みます。まずはこの地区でモデルとなるまちを創らなくちゃいけないんです。どうですか皆さん私と一緒に創りませんか。政治は未来を創るもの。政治は未来を創るものです。私とこの地区の未来。一緒に創りましょうよ」「そうだー」大歓声だ。「良し。初日としては上々だ」
翌日は地元古川地区ではない所で行う。場所は神林地区。地元以外の個人演説会は初めてだ。
高杉は今回の選挙での個人演説会で挨拶して頂く方々を限定していた。まずは選対の代表者。次が各地区の代表者。そしてその地区の応援市会議員。最後が高杉本人と決めていた。これは1時間以内で終わらせる為でもある。この地域の代表者が神林地区で決まっていなかった。神林地区の連合町会長牧田はアポロ要望書提出連合町会のリーダーとなっている。その為、牧田と小泉は敵対関係にあった。高杉はこの牧田に地区代表挨拶を頼んだが何度も断られていた。
告示日前夜。牧田行きつけの寿司屋で会い再度お願いした。牧田は「私はアポロ問題の話をするけどそれでもよければ挨拶するよ。でもそれが君の為になるかどうかはわからないよ」「構いません。お話の内容はお任せします。会長が応援していると言うのが神林地区の皆さんにわかって頂ければいいんです。ぜひお願いします」「わかった。お受けします。でもどうすれば庁舎はアポロになるかな。どう思う」「元々ご承知の通り私もアポロ派です。中田市長とも散々話をしました。やるなら住民投票しか方法はないと思います」「でも議会で決めたんだから議会で何とかならないの」「正直現状では絶対と言う言葉は使いたくないですけど無理です。小泉、渡辺はどうせ住民投票なんて出来る訳ないって鼻っから鷹をくくってます。本当にアポロにしたいなら住民投票やるしか無いですよ。市民パワー見せるしか無いですよ」「そうか。やっぱりそれしかないか」
高杉は時間になるまで車で待機した。「時間だ。行こう」会場の入りは9割。上々だ。実はここ神林地区は亡くなった中田の地元でもある。
選対代表の挨拶が終わり牧田の番になった。牧田は公言通りアポロ問題の話をした。「私は今回の市庁舎の建設地の問題でほとほと政治家と言う人種がいやになりました。私も連合町会長として審議会のメンバーでした。皆様ご存知の通り審議会での答申では市庁舎の建設地はアポロと委員全員賛成の元決しました。当然そこには各党代表の議員さん方もメンバーとしておりました。ところが賛成した議員さんがころっと変わって審議会の決定を無視して現在の場所にしてしまった。こういった方々を皆さん信じられますか。そこには色々な私利私欲があったとも聞いております。そんな私利私欲の為に市民が無視される。こんな事がまかり通るようではアポロ市は終わりですよ。正に政治家ではなく政治屋です。その点高杉さんは自由党の方針が現在地と言うにもかかわらず地域の意見をしっかりと聞いて終始一貫して建設地はアポロと貫いて頂いた。どうですか皆さんこういう人を落とす訳には行かないんです。必ず勝たせましょうよ」拍手喝采だ。この地区の住人はほとんどが市庁舎の場所はアポロが最適地だと思っている。最後は高杉の挨拶だ。高杉は「私は中田市長に背中を押され平成13年に市会議員になりました。その中田市長の地元であるこの場所で個人演説会を行う日が来るとは夢にも思いませんでした。実は市長が亡くなる2ヶ月程前市長からおまえ今度の選挙は県議選に出ろよと言われました。まさかそれが遺言になるとは本当に残念でなりません。又、先程来皆様から市庁舎建設地アポロの話が出ておりましたが私は12月5日に市長と会い市長何もこの議会で決める事はないでしょう。3月議会でもスケジュール的には全く支障をきたしませんよと言いました。市長の答えは涼。それじゃーもう間に合わないんだ。それが答えでした。要は自分がもう持たないのがわかっていて後任にこの問題を引きずらせるわけには行かない。自分で決着をつけなければならない。それには12月議会で決着がつく現在の場所しかないと言うまさに苦渋の決断だったんです。もう私はこの件にはあまり触れたくありません。皆さん。このまちは均衡のとれたバランスのとれたまちだと思いますか。アポロ市は決してバランスの取れたまちではございません。日本の政治は良く西高東低と言われます。実はこのまちの政治も西高東低なんです。だからまちづくりもバランスが取れていないんです。ここ神林地区は西ですか東ですか。間違いなく東です。そしてこのまちを動かしているのは自由党です。ここを変えるしかございません。今回の立候補者。ご覧ください。自由党は私以外みんな西側の人間です。東側は私一人なんです。私が受からなければこの不均衡は10年、20年いや50年経っても変わりません。皆さん想像してください。この地区の区画整理が終わりその他のインフラ整備も充実し綺麗な街並みになりそこで老若男女が暮らす光景を。そんな街を1日も早く創りましょう。どうか皆さん。私に皆さんのお力与えて下さい。よろしくお願いします。政治は未来を創るもの。政治は未来をつくるものです。皆さん私と共に神林地区の未来。創りましょう。最後の最後までこの高杉涼にお力貸してください」涙と喝采の嵐だ。
個人演説会と言うのは必ずと言っていいほど相手陣営等のスパイが入り込んでいる。この神林地区での高杉の個人演説会で牧田が挨拶をした事が小泉の耳に入った。「高杉の奴。どう言うつもりだ。よりによって俺の天敵の牧田に挨拶を頼むとは何事だ。だからあいつは俺や新海に挨拶を頼まないんだな。まーいーかどうせ奴は今回で「排除」だから」
朝は駅頭、企業朝礼。昼は挨拶廻りに街頭演説。そして夜は室内での個人演説会だ。
告示後3日目。なんとなく変なムードが漂い始める。個人演説会の場所は戸井田地区だ。今回の演説会で最も地元から離れている地区だ。高杉は会場に向かうと駐車場は満車で入れない。「おかしいこの場所での演説会でこれ程の入りはあり得ない」何とか車を止め、会場入りするとやはり入りはまばら。予定していた応援演説者もいない。「どうなってんだ」「実は他の階でイベントが開かれていて皆さん車が止められず帰った方もいるようです」「なぜだ。選挙期間中は演説会優先じゃないのか」完璧な妨害だ。入りも6分の1だ。「しょうがない始めよう」しかし高杉は釈然としない思いを抱いたまま演説をした。「遺憾。やはり乗ってこない」何とか終わらせたがやはりいつもと違い出来は不十分だ。高杉は悔いを残した。「クソっ。何やってんだ。これじゃ敵の思う壺だ」
翌日は地元の古川公民館。ここはさすがに地元だけあって満員である。「さすがに地元はホッとする」
翌日は隣町の前野地区だ。「地元の次に力を入れてきた所だからそこそこ入るだろう」そんな想いのまま高杉は会場入りした。しかしガラガラだ。「そんな馬鹿な」高杉は絶句した。しかし「人数は少なくても演説はしっかりと丁寧に行え。決して手を抜くな」は恩師中田の教えだ。戸井田地区での失敗もある。高杉は会場の一人ひとりを見つめゆっくりと丁寧に演説を行った。無事演説会は終了し高杉は田所に「ちょっと会議を開きたいのでみんな選挙事務所に集めてくれ」会議の席上高杉は「なんか緩んできている見たいだ。又、皆さん幹部の方々だから察していると思いますがここに来て妨害、圧力がひどくなってきてます。もう少しです。絶対に最後まで屈しないで頑張りましょう。あとちょっとです。選挙戦も終盤なんで締めて行きましょう」檄を飛ばす。だが高杉は不安を拭える事はできなかった。この頃には選挙事務所はもちろん陣営幹部にまで嫌がらせが行われていた。「高杉はもう無理だから手を引け」「高杉を応援してると後でしっぺ返しくらうぞ」酷いものだ。
この前野地区での演説会には高杉の娘美穂が見にきていた。美穂は広樹と違い結構勉強ができた。ある時広樹と美穂で駿河塾の全国模試を受けたのだがこれが今思い出しても高杉は笑ってしまう。全国模試だから当然全国で1位がいる。1番びりもいる。でもこれはちょっとやそっとではお目にかかれない。しかし高杉は見た。広樹だ。上からではなく下から全国1位だ。しかも偏差値はなんと25だ。高杉は思わず「お前。凄いな」と言っていた。それに対して美穂の方はと言うと全国で上から120番。これも大したもんだが1番には負ける。偏差値はなんと75。これもたいしたもんだ。「おまえら25と75で足して2で割ってちょうど50か。笑えるなー」高杉は爆笑した。ちなみに本人の名誉の為に言っておくがこの広樹はその後成績が上がった。美穂は現在伸び悩み状態だが勉強はできる方だ。
実は高杉は美穂とはあまりうまくいっていなかった。美穂は広樹の2つ下になる。高杉は広樹の発達障害の為、出来るだけ広樹といる時間を増やしていた。その為、麻里と美穂を置いて二人で出掛けるケースも多々あった。その結果いつの間にか広樹は高杉。美穂は麻里の構図が出来上がり段々と距離が出来てしまった様に思っている。その点では美穂には申し訳ない気持ちを持っていた。又、美穂は中学校に上がったと同時にコーラス部のみんなから嫌がらせを受けそれがきっかけで家庭内暴力が始まった。そんな美穂も高校生になり、家庭内もだんだんと落ち着きを取り戻しつつあるように高杉は感じていた。「そんな娘が見にきていたので正直驚いた。ここは何がなんでも頑張って勝利し娘を喜ばせよう」と改めて気合を入れた。又、今回の選挙には広樹も演説会に参加している。「皮肉なものだ。親の劣勢が子供にも伝わるのか何となく家族が一つになってきた気がする」高杉は思った。
又、この演説会には呼んでもいないのに新海の秘書の仲本が出席していた。「高杉さん。ちゃんと個人演説会やってるじゃないですか。なんで声をかけてくれないんですか」「別に意味はないよ。最初から市長と新海さんは演説会には呼ばないと決めてただけだよ」「そうですか。一応新海にはその旨伝えておきますよ」「てっ言うか。最初から呼ばないとあなたに聞かれた時答えてるじゃない。忘れちゃった」高杉は小泉や新海を呼ぶと時間調整をしなければならないのでそれが嫌だった。
「民生党の動きがおかしい」ある筋から情報が入った。期日前投票の出口調査で渡辺と反町が予想外に伸びていると言うのだ。期日前投票は民生党の独壇場のはず。「まさか」高杉は嫌な予感がした。
翌日の上丘地区ここが山場だと高杉は考えていた。地元隣接地で高杉の自宅からもタクシーでワンメーター程の場所だ。しかもこの地区の自由党から推薦も受けている。地元以外で明確に自由党の推薦を受けている唯一の地区だ。
高杉は2分前に会場いりした。「えっ」予想外だ。「どういうことだ」入りが全く悪い。この地区の会長の青木も変な顔をしている。高杉は不安に駆られた。終了後その地区の役員と食事をしていると他陣営の演説会も皆入りは良くないとの話だ。しかし高杉は妙な違和感を拭えずにいた。
実はこの前日上丘地区内に高杉の怪文書が巻かれていたのだ。又、自由党から高杉を支持しないで反町を支持しろとの電話が上丘地区自由党員にかけられていた。内容はこうだ。「高杉は推薦無所属だ。反町は自由党公認だ。あなたは自由党員なんだから公認候補に投票するのが当然だろう」と言うものだ。汚い。先日まで公認も推薦も選挙では扱いは同じと言っていたのがどういうことだ。それに輪をかけての怪文書だ。ひどいにも程がある。
そしてここに来て八木と自由党執行部、
民生党が手を組み高杉「排除」を本格化してきた。高杉下ろしの電話、怪文書が高杉が活動エリアとしてきた地区全てに巻かれた。実働部隊は八木の腰巾着。木村、遠山、野中だ。この3人は毎日の様に八木とつるんでいる。八木は地元古川地区の大地主でその恩恵にあやかろうと八木に手揉みをしている連中だ。八木を筆頭にこの4人が実働部隊だ。又、民生党が母体組織の大正会会員を使い高杉の誹謗中傷を徹底的に行った。今回の県議選は民生党にとっても2議席を死守しなければならない。そう考えると自由党を4人当選させる訳には絶対に行かない。ターゲットを高杉に絞っての攻撃だ。これまで様々な選挙を経験してきたがここまでの妨害は見た事がない。それでも高杉は耐え。訴え続けた。
翌日最後の演説会は地元で行われた。会場は満員御礼だ。この時予想外の事が起きた。何と新海が来ると言う連絡が入ったのだ。事務局長の田所は慌てた。新海が来るまで時間稼ぎをしなければならない。今日の応援演説の議員は地元の後輩の関口だ。関口に時間を稼いでもらうしかない。この時間稼ぎが時として会をしらけさせてしまう。高杉はこれが嫌で小泉、新海を呼ばなかったのだ。何とかうまく関口が繋いでくれて新海の話が始まった。普通この選挙戦も終盤だと危機感を煽る話をするものだがそうではない普通の応援挨拶だ。「皆さん。こんなにも大勢の方が高杉さんの為に来てくれてありがとうございます。私からも御礼を申し上げます。私も出陣式には駆けつけましたが個人演説会はここが初めてです。非常に心配してましたがホッとしました。今日は金曜日投票日まで後2日です。最後まで共に頑張りましょう。」挨拶が終わり新海は会場を出て行った。「しかし今の挨拶はなんなんだ。全然危機感がないじゃないか。皆んなを安心させてどうするんだ。選挙終盤の挨拶じゃねーぞ。ふざけるな」田所が激怒した。
高杉は新海が出て行ってホッとした。今日の挨拶はあの人にはあまり聞かせたくない。
高杉の話が始まった。「皆さん。まずはお忙しい中、このように多くの方々にお集まり頂き誠にありがとうございます。又、ここまでお手伝い頂いた皆様に感謝と御礼を申し上げます。選挙も残す所後2日となりました。もうちょっとですので最後の最後までよろしくお願いします。私は今回で4回目の選挙となりますが毎回終盤になるとやられることがあります。それは電話です。新海事務所や自由党から必ず高杉はもう大丈夫ですから永井に1票分けて下さい。と言うような電話が入ると思いますが絶対に1票もやらないでください。私はこの古川地区を母体で戦って来ました。ここで票を分けられると私の当選はありません。絶対に1票も分けないでください。この票を分けると言うのは分けた方はあまり罪悪感が生まれないのです。それはそうです。とりあえず私にもちゃんと票は入れているわけですから。でもこれをやられると今回私は絶対に当選できません。くれぐれも分ける事はしないで下さい。私にはそんな票の余裕はございません。どうかこの点特にお願いします。そしてこのまちのバランスを正しましょう。西高東低の政治を治しましょう。政治は未来を創るもの。政治は未来を創るものです。この地区の未来。私と一緒に創りましょう。選挙戦も残りあとわずかです。最後の最後まで皆様のお力添え切にお願い申し上げご挨拶とさせて頂きます。ありがとうございました。」高杉は訴えた。
古川地区で票を分けられるとすれば新海の弟の永井しかいないと踏んでいた。なんだかんだ言っても新海は実の弟を落とす訳にはいかない。必ずそう出てくると思っていた。渡辺はこの古川地区には何の地縁もない。小泉が後押ししてもこの地区ではたかが知れている。怖いのはやはり古川地区に実家のある新海の弟の永井だ。
外でできることは全て終わった。後は電話だけだ。夜8時になり選挙カーも戻って来た。「お疲れ様でした。」「お疲れ様でした。」皆が口々にお互いの労をねぎらっている。その中には立正会の皆さんもいる。立正会の皆さんはウグイスから選車の運転。ローラー。リーフレットの回収。ポスター貼りなどなど本当によくやってくれた。そして今回の選挙は本当に女性中心の選挙だった。男性はごくわずかだ。
実は高杉の地元町会は3つのグループに分かれていて非常にギクシャクしている。要は足の引っ張り合いをしているのだ。「あいつがいるから俺は行かない」とかしょうもない事ばかりだ。そんな事だから高杉が町会長をやる羽目にもなったのだ。考えて見れば過去の選挙も原因しているのかもしれない。まずは高杉の市議選出馬による田畑グループとの軋轢。ここでまず真っ二つに割れた。次は田畑が県会議員にチャレンジした時だ。時の町会長は実は小泉の親戚だった。田畑グループはこの町会長を選挙の邪魔になるので引きづりおろした。そして事もあろうに次の町会長になったのが田畑の父親だ。これでは町会がまとまる筈が無い。そして田畑が出馬を断念した翌年。田畑の父親は体調不良を理由に1期で町会長をやめてしまった。議員もそうだが町会長もある程度の年数をやらなければ結果は出ない。余程の事がない限り1期で辞める事はない。結局軋轢は収まらず現在に至っている。
こういった事もあり高杉の選対には男性が集まりにくくなっている事もある。又、やはり高杉は生意気に見える様だ。37歳で市会議員になり町会長もやりでは本人が意識しなくてもそう見られがちになる。
8時を回り皆が片付け始めている頃、高杉は地元の塚越駅で駅頭を行っていた。夜12時となり高杉はとりあえず規定の選挙戦を終えた。しかし選挙は投票箱が閉まるまでだ。
投票日当日高杉は一番で投票に行きそのまま床屋に向かった。ここの所選挙で床屋にも行けず頭はボサボサだ。帰り際投票所の入口を除くと高齢者が階段を昇れず苦労していた。高杉の投票所の公民館は建替準備の為、現在仮設であった。入口を上がるのに階段2段上がらなければならない。又、手摺も付いていない。暮れの衆議院選挙の時もそうであったので高杉は選挙管理委員会にクレームを言い改善するように言っておいたのだがされていない。高杉は直ぐに選挙管理委員会に電話した。「議員の高杉です。うちの投票所なんだけど全然改善されていないんだけど、これじゃお年寄りは投票しないで帰っちゃうよ。直ぐに対応してください。今更手摺をつけている暇はないから誰か人を出してお年寄りの補助をしてください」「わかりました。ちょっと確認します」「確認なんていらないんだよ。私が今、現地にいて見て言ってんだから。直ぐに人を寄こせばいいんだよ。何言ってんだ」つい高杉も声が荒くなった。役所から補助員も来て何とか対応が始まったが高杉は思った。「何で、事前に言っておいたのに対応してなかったんだ。これも妨害か」高杉は度重なる嫌がらせでさすがに疑心暗鬼になっていた。
家に戻り夕方6時まで電話を掛け捲った。これで後は結果を待つだけだ。夜8時に投票箱が閉まり開票が始まるのは概ね9時半だ。高杉はいつものとんかつ屋で食事をしながら開票を待ちこの4年間を振り返った。「この4年間はなんだったんだろう。市議団がギクシャクした最初のきっかけは松田の団長選挙。そして篠川の市議団退団、議長問題。これに伴う松田の裏切り。「あの時松田さんが団長選挙に出ていなければ篠川さんの問題もなかったよな。全てはあの団長選挙から始まったな。全部あそこが出発点だ。なんか篠川さんには悪い事しちゃったよな。でもその原因の本人松田が平気で寝返っちゃうんだから嫌んなっちゃうよ。俺も何であんな奴の応援なんかしちゃったんだろう。身内の選挙だから軽く考えてたんだけど。篠川さんも相手陣営議員の取り崩しに躍起になってたけどそれも原因の一つかもな。要はすでにあの時「排除」が決まってたのかもな」その後会社の清算。「会社も最後は参ったな。一度歯車が狂うとなかなか元には戻らない。落ち目になると周りの人間と言うのは本当によく見える。ほとんどの人間が手のひら返しだもんな。沈みかけた船に乗るやつはいねーか。それにしても八木はなんなんだ。この選挙が終わったら何とかしないとな」小池の死。「小池さんにはもうちょっと頑張ってもらいたかった。常任総務会の時にでも思い切って告発しちゃえば良かったんだ。言ってくれれば絶対に協力したのに。よりによって吉川をあてにしたのが失敗だったな。あの男はちょっと感覚が我々とは違う。大陸の血が入ってると言う噂があるけど本当かもな。何れにしても死んじゃだめだ」中田市長の死。「これがやっぱり一番堪えたな。トップがいなくなるとこうも変わるとは。この一連の政変はこの県議選が終わってもまだまだ間違いなく続く。2週間後には市会議員選挙もある。この後8月には県知事選挙もある。もしかするとこれに新海が出るかも知れない。又、次の市長選挙にも間違いなく小泉に対して強力な対抗馬が出る。まだまだうちの街が落ち着くまでは時間がかかるな。でも、中田市長とは色々あった。まさか俺が市議選に立候補するとは思いもよらなかった。旅行も結構行ったな。上海、大連、台湾、富士、京都。他にも行ったけどどこも面白かった。まーでもよくお互いに呑んだわ。飲み過ぎも早死にの原因の一つかもしれないな。俺も気を付けよう。まーでもいい経験をさせてもらった。俺が今あるのは良かれ悪しかれあの人のおかげだ。本当にありがとうございますだ」田口の死。「何で市長選なんか出たんだろう。まー俺も今回県議選に出ちゃったからなんとなく気持ちはわかるけど。やっぱりあの時の常任総務会での最後の挨拶がまずかったな。あの人も融通の利かない人だったから。まーでもあの人の小泉嫌いは半端じゃなかった。会う度にぼろくそ言ってたもんな。何れにしても死んじゃだめだ。生きてればまだまだ戦えたのに」
そして今、県議選の開票を待っている。「ここの所の妨害の凄さを見ていると非常に厳しい結果となるだろう。本当に俺はこの4年間何をやっていたのだろう。他人と過去は変えられない。でも自分と未来は変えられる。結果はどうあれしっかりと受け止めて次の未来をいいように変えられるよう頑張ろう。あーでも一つだけいいことがあった。息子の大学合格だ。人生うまくいかないのが当たり前。うまくいくほうがおかしい。そう考えれば一つでも良いことがあったんだから良しとするか」高杉は振り返った。
9時半にテレビの速報が入った。当日の出口調査だ。高杉は呆然とした。全く伸びてこない。そして10時一回目の開票が出た。渡辺10,000票・反町3,500票・永井3,500票・高杉3,500票。だがこの時高杉は既に負けを確信していた。投票日当日の昼。高杉はある人間に電話をし戦況を聞いていた。「まだ、ちょっとわかりませんね」「何時頃なら分かる」「4時過ぎには大体わかると思います」「分かった。また電話する」高杉は4時過ぎに再度電話をかけた。「出ない」
高杉は最終開票が出る前に事務所に行き敗戦の挨拶をした。「大変申し訳ございません。負けてしまいました。これまでお力添えを頂き大変ありがとうございました。私の力及ばず結果が出せず大変申し訳ございませんでした。夜も遅いし皆さんお疲れだと思いますので今日はもうお休み下さい。本当にありがとうございました」敗戦の弁で長話はいらない。あちらこちらで皆が泣いている。それはそうだ大変な嫌がらせが選対にもあった。何とかこの悪政を止めねばならないと皆が思っていた。そしてみんな歯をくいしばってがんばったのだ。泣くのは当たり前だ。高杉は皆を労い握手した。「ありがとうございました。ありがとうございました」
結果が出た。渡辺20,000票。反町17,300票。永井16,500票。高杉15、100票。高杉は天を仰いだ。これで中田派は全員「排除」された。
その時電話が鳴った。「もしもし」「あっ高杉さん。小泉ですけど。どうしちゃったのよー。調子良いって聞いてたから安心してたんだけど。まいったなぁ。俺も一生懸命応援したんだけどな。残念だよ。まーとりあえずゆっくり休んでよ」「ありがとうございます」高杉は電話を切った。「クソッ。絶対許さん」
やはり最後で新海が相当なテコ入れを地元古川地区で行ったようだ。永井に票分けしたのだ。家族の票分けと言うのは実は分ける方はあまり罪悪感が湧かない。例えば家族4人で2票づつ分けたとする。とりあえず高杉にも間違いなく票は入れているのだから罪悪感が湧かないのだ。これは本当に効果的だ。だが高杉にとってこれをやられると致命的である。「あれ程選挙前に皆さんに釘を刺したのに」又、新海事務所には膨大な数の名簿もある。物量では歯が立たない。そしてやはり古川地区は新海の地元。牙城でもある。又、古い街でもある。高杉の様な新参者はなかなか受け入れてくれない。
今回の選挙の投票率は30%であった。これでは組織票のある党には敵うわけがない。結局自由党の4人の候補者も自由党の票の取り合いをした訳だ。これじゃー組織の付かない高杉に勝ち目はない。渡辺、反町は公認。永井には新海の組織がある。高杉は無所属推薦。当選者は全て組織のあるものだ。「しかし渡辺と反町の票は解せない」良く全体を見渡すと民生党の二人の票が前回から全く伸びていない。というよりも3,000票も減っているのだ。「ありえない。今回の選挙は矢幡市が合併したので票が増えない訳がない。矢幡市には民生党の組織票5,000票がある。にもかかわらず3,000票減っているのだ。合わせると8,000票が消えている。どういうことだ」この内の5,000票が反町に回ったのだ。残りの3,000票が渡辺だ。高杉は愕然とした。「地方選挙で、しかも複数を選ぶ県議選でここまでやるか。金か」支部の資金は我々の金でもある。だが調べようもない。一部の人間しか金の流れは把握していない。「本当に汚い。絶対に奴らは許せない。票を金で買うとは有権者をばかにしているにも程がある。民生党も民生党だ。恥を知れ。戦いは最後まで立っていた方が勝ちだ。俺はまだまだ生きているこれからだ。絶対にやってやる」
「これで終わったな。けっけっ」「排除。完了ですね。はっはっ」「後は1日も早くアポロ計画を着工させよう」「でも今回の選挙で民生党の大石も仲間に入れなくちゃですね」「まーしょうがないだろう。ちょこっと渡せばいいだろう。ちょこっと」「新海さんは」「ほっとけほっとけ」二人は笑った。
実は新海はもはやこの二人の操り人形となっていた。新海はこの二人がいないと自分は選挙に勝てないと思い込んでいる。もう少し自信を持てば支部も多少は違うだろうにと高杉は日頃から思っていた。
現在の我国の小選挙区制度は権力の一極集中を生む。選挙区の中に同じ党のライバルがいないのだ。一部の人間が全てを決めてしまう。自由党は本来自由闊達な意見をぶつけ合い進歩発展してきた党だ。自由党アポロ支部は各地域から代表として市会議員が選出されてきた。当然各々の地域の考えがある。それ故自由党は地域政党と言われてきた。ところが今では国もそうだが意見が違うと「排除」されてしまう。特にアポロ市の様な低投票率の地方都市では組織に属しているものが選挙では圧倒的に有利だ。逆に言えば組織の言うことを聞いてさえいれば安泰と言うことだ。従って地元の意見と組織の意見が食い違った場合でも地元より組織を優先する。地域の声は全く無視され一部の人間で全てを決め残りの議員はどこを切っても一緒の金太郎飴議員だ。これはそのまま市政に反映され利益誘導方議員を生む。特定の議員と特定の業者の関係が強固になる。悪は地方にこそ今やはびこっている。まさに今の地方議会は闇に包まれている。
「麻里。広樹。美穂。ごめん」高杉はメールを打った。
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