第19話 3期目4

平成24年まだ三が日も明けぬ1月2日に自由党議員団に支部長の小泉から召集がかけられた。「政治に空白があってはならない。次の市長を誰にするか。まずは選考委員会を作りその場で次期市長候補を選んで頂きたい」その日の会議はそれで幕をとじた。お決まりの単なる報告だ。

 その後委員会メンバーが決まり委員長には何と中田市長の後援会会長であった小川が選ばれた。まだ49日も経っていないにもかかわらずおかしなものだ。小川は小泉とは同じ機械組合の仲間で窮地の仲だ。何やらきな臭い。後にこの小川の行動はこれまで彼が築き上げてきたものを失うことになる。

 そして選考委員会の結果、候補に上がったのは小泉と渡辺の二人。小泉は自由党支部長でもあり現職の県会議員だ。渡辺は市議会議員6期生のベテラン議員だ。「ちょっと待て。我が党にはもう一人現職の県会議員田口がいる。何故名前が上がらない。おかしい」

 実は12月28日中田市長の葬儀当日の晩.新海、小泉、渡辺、松井の4者会談が行われていた。「いやーやっと排除出来たな。これで残りは田口と高杉の2人だけ。一気に行こう」小泉。

 その席で次の市長候補は小泉で行くことが既に決められていた。大義を作る為、選考委員会を作り厳正な結果の中決定したと言うシナリオ作りだ。田口が入らないのは小泉とは犬猿の仲であり。田口は高杉同様中田派だ。新海、小泉、渡辺、松井にとって中田派は目の上のたんこぶだ。田口を候補者に入れる事は是が非でも阻止せねばならない。その為に選考委員会のメンバーも彼らの言うことを聞くメンバーを過半数以上入れたのだ。結果小泉、渡辺の2名で最終面談を行い予定通り小泉に決定した。

 選考委員長の小川は面談の様子を報告した。「お二人ともこのアポロ市を本当に愛しておられる。又、お互いを思いやる気持ちには感激しました。お二人とも同じように私が選ばれなくてもきちんと小泉さん、渡辺さんに協力していくと相手を尊重しておられた。我々選考委員会も悩みに悩んだ結果小泉さんに決めさせていただきました」自由党常任総務会の席にて最終的に次期市長候補に小泉が指名された。最後に事務局長の松井が「それでは田口県議。閉会の言葉をお願いします」終始目をつぶり無言でいた田口が突然の振りに憮然としていたが「小泉候補で皆さん選挙戦頑張って行きましょう」の挨拶にて会は閉じられた。

 この二日前田口から高杉に電話があった。「高杉か。俺は今度の市長選に出るからな」「本気ですか」「あー俺は絶対に奴らを許さない」だが今日の最後の挨拶だ。やっぱりやめたんだなと高杉は思っていた。ところがその晩田口から高杉に電話が入る。「よー。俺は今度の市長選に出るからな」「はっ。だってさっき皆なの前で小泉さんで頑張りましょうってご自分で言っちゃったじゃないですか。それはさすがにまずいでしょう。さっき俺も出るって言っちゃえば良かったのに。だいたい最後にあんな挨拶しちゃダメでしょう。まんまと奴らの策略に乗っちゃって」「俺も失敗したと思ってる。でもどうしても奴らは許せない。中田の命を縮めたのも奴らだぞ。真っ先に上杉知事に電話して笑いながら内の市長死んじゃったよーって言ってんだぞ。それに奴らに任したらうちの市は金まみれになっちまう。だから俺は出る」

 そして常任総務会から三日後田口は記者会見を開き出馬表明をした。

 それを見ていた小泉達はほくそ笑み。頭には「排除」の2文字が浮かんだ。

 立候補者は共創党議員、無所属議員、小泉、田口の4人。事実上小泉と田口の一騎打ちだ。しかし田口にとってこの無所属議員の出馬は誤算だった。小泉に対する批判票約10,000票がこの無所属議員に流れたのだ。

 そして小泉選対の選対本部長はこれが何と中田市長の後援会長であった小川だ。「どう言うことだ。小川さんは後援会長として小泉が中田市長にしてきた事をわかっているはずだ。信じられない」これには高杉だけでなく多くの中田後援会の人々も驚かされた。「結局は金か。金儲けができる方につくって事か。死んだ人はもはや関係ないか」この行動は小川がこれまで築き上げてきた信用を失墜させた。

 争点は新庁舎建設地、中田市長の意思を継ぐものは果たしてどちらかの2点に絞られた。

 出陣式は両陣営ともアポロ駅前広場で時間をずらして行われた。午前中は小泉。午後は田口だ。小泉陣営は凡そ500人を集めた。それに対し田口陣営には1,000人を超える聴衆がおとずれた。舞台は大型トレーラーを利用して行われ壇上の中心には中田の遺影が飾られた。まさに中田の意思を継ぐのは俺だと言わんばかりのパフォーマンスだ。県議会で仲間であった近隣市長達も応援に駆けつけた。

 選挙は白熱した。途中怪文書が巻かれ小泉、渡辺の金満政治家ぶりが白日の下に晒された。又、右翼の街宣車も走り回るひどい選挙戦となった。田口は「これから始まるアポロ市のアポロ計画を小泉の下で行ったら大変な事になる。庁舎の建設地はアポロだ。それが中田の真意だ」と訴えた。

 このプロジェクトにまつわる金の噂は絶えない。アポロ計画とは一つは火葬施設の建設。費用は凡そ220億円。二つ目は新高校の建設。費用は同じく凡そ220億円。三つ目は大学の誘致。それに関連する施設に凡そ200億円。最後に新庁舎建設。費用は凡そ300億円。総額現段階で凡そ940億円だが恐らく1、000億円程度になる巨大プロジェクトだ。ここから仮に3%抜いたとしてもその金額は30億円にもなる。手口は簡単だ。特定の業者に入札で落札させる。これは最低価格を把握しているのでお安い御用だ。そして工事が始まったら追加変更工事を出す。これは入札も何もないから独断場である。そこから抜く手口だ。その金はある会社を通しマネーロンダリングされ小泉、渡辺の手に渡る。これはもちろん出した方も捕まるのでまずバレない。この金は全て公金。我々の税金だ。やる方もやる方だがそれを請け負う業者も業者だ。金満政治家達や倫理観のない業者は地方にこそはびこっている。

 壮絶な選挙戦となった。田口陣営は元々中田の代わりとして県議になったのは俺だと言う自負があり我こそは中田の後継者だと訴える。片や小泉側は外務大臣の新海を中心とした自由党である。又、小泉側には驚いた事に中田の政敵であった山口が付いている。平成7年の中田、山口の市長選の時やはり小泉は山口を応援していたのだ。その借りを山口が返しているのだ。18年前の再来だ。山口の地盤は本来田口の地盤と同じだ。田口にとっては痛い。高杉は困惑していた。田口を全面的に応援したいのだが地元古川地区は小泉支持を表明したのだ。さすがにこれでは表だっては応援できない。後援会の主だった方々にお願いし田口を裏から応援した。しかし小泉候補決定の常任総務会での最後の田口の挨拶がやはりまずかった。皆、口々に「あの時の挨拶はなんだったんだ」「あんな挨拶しといて立候補するなんて何事だ」皆の足並みが揃わない。

 最後まで予断を許さない選挙戦最終日。アポロ市は中田前市長の無念か大雪に見舞われた。

 そして選挙当日市内外郭部では大雪が残りご年配の方々は投票に行くのも困難な状況である。外郭部を地盤とする田口にとってこの雪は凶と出た。結果市内中心市街地を基盤とする小泉が勝利し壮絶な闘いの幕は閉じられた。

 この時の投票率は何と32%。「市民にとってこの市長選はそんな程度の関心事なのか。自分のまちのリーダーを決めるのにこんなもんか」高杉はがっかりした。

 勝利宣言をした小泉。「闘いは終わりました。これでノーサイドです。皆な一つになり新たな街づくりを始めましょう。ありがとうございました」その晩新海、小泉、渡辺、松井の4人は集まり今回の選挙で田口に付いた者たちの粛清を決めた。翌日よりそれは始まりもちろん本人の田口は除名。応援した篠川も除名処分。驚いたのは田口を応援した他市の市長に対して自由党県連に除名処分を要求したのだ。どこがノーサイドなのか呆れる。その後も粛清が続き特に田口が基盤とした市内外郭地では多くの自由党員が除名処分とされた。高杉も嫌疑をかけられたが処分されずにいた。田口達が「排除」され残る中田派は高杉只一人である。田原は次回選挙には出ず引退を表明している。まさに独裁政治が始められようとしている。

 又、今回田口と小泉の差は約10,000票。当然、民生党は小泉についている。民生党の組織票は約40,000票。もしこれがなかったら田口が大勝していただろう。ある意味晴れて民生党の市長が誕生したようなものである。と同時にもはやアポロ市、いや国に於いても民生党が常にキャスティングボードを握り行政を左右している。間違いなくこれから始まるアポロ計画にも民生党が絡んでくる。高杉としては中田と常にこのアポロ計画に関しては一緒に夢を語ってきた。金の道具には絶対させたくないと言う思いが強い。どうにかしなければならない。

市長当選後小泉は自由党市議団に挨拶に来た。「皆さんと私は一心同体ですからしっかりとタッグを組んで行きましょう」「そうですね」周りの議員もうなづいている。「おいおい。ついこの間まで地方議会は2元代表制なんだから市長と議員は是々非々でいかねばならない」と言ってたのはどこのどいつだよ。呆れるにも程がある。

 「ドン。ドン」ボディはじわじわと効いてくる。「全く中田市長の時と言ってる事が全然違うじゃねーか。何が一心同体だ。笑わせるな。奴ら全員グルじゃねーか。全員で中田市長を追い込んだな。練習後の生ビールと黒霧は最高だ。飲まなきゃやってらんねーな」

 高杉はいつもの赤提灯で常連達とばかを言いながらストレスを発散した。「高杉君。どうだい今度の市長は」「マスターねー。どうもこうもまだ始まったばかりでわかりませんよ」「そりゃそうだな。でもよー俺は嫌いだね。なんか花がねーや。やっぱりトップには花がなきゃいけねーよ」

 小泉が市長になった為、自由党アポロ支部長も交代した。これが何と千葉県連会長を勤めている新海が就任した。「県連会長で支部長。なんかおかしくねーか」高杉は思った。

 3月全市町会長会議が開催された。町会長達に対する小泉市長初のお披露目だ。しかし、会議は紛糾した。アポロ派の町会長達が「何故議会は審議会の決定を無視したんだ。」と詰め寄る。小泉「それは私に言われても困る。あれは前市長の中田さんが提出した議案であって私には関係ない」「関係ない事はないだろう。あなたが相当中田さんに圧力をかけたと聞いてるぞ」「あなたは何を言ってるんだ。そんな事実はない」小泉は激昂する。収拾がつかなくなり理事者から「時間となりましたのでこれにて閉会します」の声。罵声が飛び交う中、会議は閉会した。「おい。さっきの発言をしたのはどこのどいつだ」小泉。「神林地区連合町会長の牧田です」「あの野郎。ぜってーゆるさねー」

 町会長としてこの席にいた高杉は「この問題はまだまだ続くな」と感じた。

 この時期小泉は市の財政は逼迫しているので色々な事業を見直すと言い始めた。その中に何と高杉の地元の公民館建替事業も見直しの対象にされた。小泉の差し金だ。「ふざけるな。ここまで来るのに何年かかってると思ってるんだ。それにこの公民館は保育所を併設している公民館だ。待機児童の解消は市長の公約の一つだろう。建替て受け入れ児童を増やさなきゃダメだろう」高杉は担当者と散々やりあった。結果この事業は継続となったが後日設計の入札が行われたが落札業者は事もあろうに大石の息のかかった業者であった。「全く呆れる。奴らはうちの公民館まで食い物にする気か。ちゃんと見張ってないとな」高杉は目を光らせた。

 高杉は「自由党を変えるには執行部入りをするしかない。それには県議になるしかない」密かに決意を固めていた。又、県会議員を出すのは地元古川地区の悲願でもあった。古川地区はアポロ市で最大の人口を有する地区だが明治以来これまで一度も県会議員を排出した事がない。これがまちづくりの遅れの一つとも言われている。そして古川地区は現在県とのまちづくり事業が数多く行われている。この点からも地元の方々は是非とも県会議員を出したいと思っている。又、古川地区は塚越市と県南市とに隣接する所謂市境の地区である。こういった市境の地区のまちづくりは難しくそういった点に於いてもやはり県会議員の必要性が感じられる。

 小泉、田口の二人の県議が居なくなった為、補欠選挙が行われる事となった。自由党も補欠選候補者の公募を始めた。勿論高杉は応募した。高杉の他には渡辺、吉川、永井の計4名だ。今回2名の欠員が出ているがこの2名はもちろん自由党の議席だ。本来であれば2名立候補させるべきなのは当然であるが執行部の出した結論は渡辺1名。今回も選考委員会を開いての決定だが話は全て初めから出来上がっている。有名無実な会議だ。

 しかしこれには常任総務会で多くの異論が出たが過半数以上は執行部側の人間である。多数決を取ったが結果は変わらず。要は渡辺に来年の本戦の為にアドバンテージを与えておきたいのだ。やはり1年でもやったほうが現職は強い。そして1名だけの候補者であれば必ず当選する。相変わらずずるいやつらだ。執行部からはこの時「来年の本戦には出たい人はどんどん出て頂いて結構」と報告された。その席上高杉は「私は来年の本戦に出馬しますので今後本戦に向け活動します」と発言した。その時前列で4人がほくそ笑んでいた。「排除」だ。

 高杉が候補者に選ばれなかった事を聞き中田の娘がこの補欠選挙に無所属で手を上げた。早速関係者にはがきを出しその意を伝えた。記者会見は中田の49日の翌日が予定された。しかし前日に急遽立候補を取りやめた。新海から猛烈な圧力がかかったのだ。

 結局県議の補欠選挙はまったく盛り上がらず空前の底投票率13%であった。結果は渡辺と共創党の議員の2名が当選となった。この投票率は日本史上最低の投票率であった。「いくら補欠選挙でもこれは酷すぎるな。こんな選挙が有効でいいのか」高杉はアポロ市の未来を危惧した。

 3月に入り高杉は岩井団長を誘って食事をした。実は高杉は岩井とは当初はお互い酒が好きで仲が良かった。しかし今期初めの団長選挙がきっかけで疎遠になっていた。誘ったのは高杉の方だ。実は高杉は地元の後輩である関口に来期の初めには何としても議長をやらせたかった。本来の順番で行けば今度こそ高杉の番だが高杉は来期は県議選にチャレンジする。市議会にはいない。すると次の番は関口だがアポロ市議会申合せ事項で議長には副議長若しくは議会運営委員長経験者でなくてはなれないとなっている。関口はまだ其の内の一つもやっていない。このままでは後輩の吉川に出し抜かれる。その為にも次回の議運委員長には関口に何が何でもやらせねばならない。その為に高杉は岩井を誘った。このままでは3期生の多数決で関口はまた飛ばされる。「岩井さん。今度の議運委員長には何とか関口をお願いします。一体いつまで軋轢を残すおつもりですか。まともな団運営とは思えません」「涼ちゃんさー。関口は民生党や共創党に嫌われてるんだよ。そこだよなー」「でも、それを説得するのも団長の仕事ですよね」「まーそうなんだけどね」「実は今日。関口をここに呼んでます。その辺の所をお話し頂き、きちんとやらせるようにしますからお願いします」「えーあんた関口の為にそこまでしてやる事ないだろう。参ったな」関口が来た。「今。今度の議運委員長にあなたをお願いしてたところだ。正直民生党、共創党があなたでは難色を示すそうだから、その辺も踏まえて団長の意見を聞いてくれ」「まー民生党も共創党もそうなんだけど。もう少しバランスを考えて色んな発言をしてもらわないとなかなか説得できないよ。それと同期ともうちょっとうまくやってくれよ。その辺きちんとしてくれれば推薦するよ」「ありがとうございます。私もしっかり注意しておきますのでよろしくお願いします」関口も「わかりました。ありがとうございます。その辺はきちんとやっていきます」その後、関口は無事に議運委員長に就任した。高杉はこれで選挙に没頭できるなととりあえずほっとしていた。

 県議選出馬に関し高杉の多くの支援者達が難色を示した。「次は間違いなく議長の椅子が回ってくるんだからもう1期市会議員をやってからでも遅くないだろう」「せっかくここまでやってきて傷がついたらどうするんだ」「今度の県議選は相当激戦が予想されるから回避したほうがいい」逆に「こんなチャンスは2度とないかも知れないから出た方がいい」と言う意見もあった。政治は一寸先は闇だ。今回の中田市長逝去による政変も誰が予想しただろうか。アポロ市を取り巻く政治の一連の大きな渦はまだまだ治る気配がない。今、高杉はその渦の渦中にいる。どんな流れになるかはまだ誰もわからない。只、指を咥えて見ていることは高杉にはできなかった。

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