第18話 3期目3

12月議会も無事に閉会しいよいよ中田市長5期目の選挙の平成23年の年を迎えた。時を同じくして前市長の永井氏が体調を崩し入院。そこに小泉、渡辺が永井氏に「中田市長の5期目は長すぎます。何とか言って下さい」「今アポロ市で中田に変わる奴はいない。歳もまだ60歳になったばかりだ。帰れ」一蹴。「ちっ。この爺いいつ迄生きてやがんだ。邪魔でしょうがねー」何とこの前市長永井は小泉達訪問から2週間足らずの2月11日アポロ支部自由党大会の当日の朝。息を引き取った。これで小泉達の重しはなくなった。「自然排除」だ。

 その後自由党から今回の市長選を応援するに当たりこれを最後とする等いくつかの条件が中田市長に提示され、中田はこれを了承した。条件付きの応援である。

 高杉は岩井団長の一般質問を受けその後の各種会合等の挨拶で中田市長への激励の挨拶を行った。

 そんなある日委員会の打上げで自由党の事務局松井から「おまえは自由党がまだ中田に推薦も出してないのに応援の挨拶をしてるそうじゃないか。そんな勝手な挨拶をするやつは自由党にいらないからやめちまえ」「なんだそれ。あんたに言われる筋合いはねーふざけんな」高杉は一括した。はっきり言ってこの松井と言う男は酒癖が良くない。まさに色々な面で自由党の老害である。因みに自由党の事務所はこの男の所有物で家賃も給料も我々議員が一部負担している。要は面倒を見てやっているのだ。そんな只の事務局員に議員が言われる筋合いではない。

 怒った高杉は翌朝自由党アポロ支部に行き松井に「松井さん昨日言った事覚えてますよね」「覚えてる」「じゃあ私より先に岩井団長も渡辺さんも関口も中田市長支援の挨拶をしてるんだから私に昨日言ったように自由党やめろと言って下さいよ」「わかった。言う」「必ず言ってくださいよ」その場で電話させようと思ったがさすがに大人気ないので高杉は彼の言葉を信じた。しかしさすが只の老害。何もせず。こう言う男が今の自由党を好きに動かしている一人だと思うと虫酸が走る。この松井と言う男は日頃から「市会議員はサラリーマンみたいな奴でいいんだよ。自分の意見なんて持ってる奴は必要ない。我々の言うことさえ聞いていれば誰でもいいの。ちゃんと4年後も受からせてやるんだから。意見を言う奴はいらないんだよ」と周りに言いふらしている。どうしようもない男だ。

 「パン。パパパパパン。パン。パパン」高杉はサンドバッグでコンビネーションの練習をしていた。「しかしあの松井は何なんだ。老害以外何者でもないよな。市議団もそうだけど支部もどうしようもねーな。どこまで我慢すりゃいいんだ。あほくさい」

 今日も黒霧だ。「ママさん。レバ刺し」高杉はここのレバ刺しが大好きだ。「高杉君。黒霧にレバ刺しは最高だろう」「いやーマスター。練習後の一杯の生ビールとその後の黒霧にレバ刺しはやめられないね。これだからいくらトレーニングしても痩せないんだな。でもこれがあるからトレーニングにも身が入るんだけどね」「そうそう無理するとストレスがたまるからね。そうなったら本末転倒だから。好きなものはやったほうがいいんだよ」「その通りだね。黒霧、レバ刺しは明日の活力だ」

 この年の3月高杉の地元町会では次の町会長が決まらず大変な騒ぎとなっていた。本来決まっていた方がドタキャンしたのだ。このままでは4月の総会が開けない。

 アポロ市は昔から町会組織がしっかりしており、この町会組織が自由党アポロ支部の基盤にもなっている。ところが近年では町会役員の成り手がなかなか見つからないのが現状だ。ここに目をつけたのが大正会だ。町会役員やPTA役員を積極的に行う様会員に指示が出ており気がつけば町会役員の大多数が大正会会員といった様な町会まである。これがアポロ市に於いて民生党が力をつけている理由の一つでもある。高杉の町会でもトップの町会長が決まらなければ大正会会員が手を挙げかねない。それだけは阻止しなければならない。当時高杉は副町会長を務めていた。今週中には決めねば総会に間に合わないと言う土壇場で一人の役員から「もう高杉さんにやってもらうしかない」と言う意見が出た。「ちょっと待って下さい。私は現職の市会議員です。町会長をやったら色んな所から批判が出るのは目に見えてます。出来ません」「でももうそれしかない。皆さんどう思いますか。皆んなでお願いしましょうよ」「そうですね」皆が同意してしまった。「ちょっと待って下さい。私には他にもやりたい事があります。勘弁してください」「受けてくれなきゃもう選挙の応援はできない」「そんなー、めちゃくちゃだ。何れにしても今ここで返事はできません」二日後に再び会議を開く事になりその日の会議は閉じられた。この二日の間にも色々な方から「町会長を受けてもらわなければ選挙の応援は出来ない」「町会の為に頼む」「あんたは自称町会の長男だろう」等の圧力とも取れる電話が入る。

 二日後会議が開かれ高杉は「町会長は出来ません。但し、頭が決まらなければ町会運営に支障が出ます。これも避けなければなりませんので町会長代行と言うことでどうでしょうか。それなりの人が現れるまで代行として働きます。いかがでしょうか」高杉は皆に投げかけた。「仕方ない。その線で行きましょう」皆が賛成した。これでどうにか総会が開ける。

 しかし結局総会資料に代行と言う文字は削除され就任のご挨拶文でも代行ではおかしいし対外的にもかっこがつかないのでとりあえず代行と言う文言は削除された。「結局これかよ」

 無事になんとか総会は開催されたがやはり高杉が予想した通り町会内外から批判が出た。「なんで市会議員が町会長やってんだ」「町会は政治的に中立でなければならない。その長が議員ではまずいだろう」などなど様々な誹謗中傷に見舞われた。

 高杉はすぐに後任探しに動いた。実は目星はつけていた。高杉の町会では珍しく地元の旧家出身の嶋田さんだ。只、全く町会に携わった事がないのでとりあえず総務部に入って頂き町会全体を一度見てもらい。その後に町会長に就任してもらおうと働きがけた。「嶋田さん。お願いです。総務部に入っていただけませんか。総務には男性が一人もいないので部長の井上さんが困ってるんです。お願いできませんか」「わかりました。入ります」これは意外にスムーズに行った。「よし。第一関門突破。後はどの時期に町会長の話をだすかだ」

 この頃高杉は大きな悩みを抱えていた。娘の美穂の反抗がエスカレートしていたのだ。コーラス部でのいじめはその後も続き中学校3年生になった現在でも続いていた。学校へは行ったり行かなかったり。家に居れば相変わらず母親と喧嘩。物は壊すは酷い状況だ。先日はリビングの窓ガラスを割る騒ぎもあった。ある時妻の麻里が「パパ。私もう無理だわ。頭が狂いそう」「ほっとくしかないよ。少しかまい過ぎじゃないか」「でもこのままじゃ学校も行かなくなるよ」「先生にもう一回相談してみろよ」「それがさー学校ではうまいことやってんのよ。いじめに関しても女の子のいじめは巧妙だから。それに本人も先生には知られたくないみたいで結構我慢してるみたい。その鬱憤が家で爆発するのよ」「成績は」「まーちょっと伸び悩みだけど。一応東大進学クラスには踏みとどまってる。なんかそれもコーラス部の一部からやっかみがられてるみたい」美穂の学校は県内でも有数の進学校で知られている。「どっちにしてもほっとくしかないな」「広樹とは全くタイプは違うけど結局は自分で何とかするしかないよ。逆にこっちから何か言っても反発するだけだと思うし。少しほっとこう。ほっとくのも大変だけどな。そうしよう」

 この年の5月に行われた市長選では共創党との一騎打ちの勝負となり中田市長の当然圧勝に終わった。結果はもちろんだがこの勝ち方は今も語り草である。何と投票者の8割以上の方が中田士郎と書いたのだ。これはとても信じられない数字である。如何に中田が市民に人気があるかわかる。共創党党員までもが中田に投票する人がいるらしい。元来中田は非常に選挙が強い。本来自由党議員は各地区に分かれた自由党連合の上に乗っかり選挙を戦う。しかし中田はそれプラス自身の30を超える後援会が母体となり選挙をする。この後援会は自由党員はもちろん党派が全く違う方々も会員となっている。まさに中田派、熱烈な中田ファンの集まりである。新海、小泉はこう言った選挙は出来ない。だからその時々の風に左右されてしまう。中田の様な選挙が新海も理想としているがこれがなかなか難しい。この点に於いても彼らが中田をやっかむ一つでもある。

 この選挙中。高杉は中田を見ていて不安でしょうがなかった。どう見ても体調が悪いのが明らかである。当選のお祝いに一緒に行った妻の麻里も「市長。調子悪そうだね。大丈夫なの」「まーほっとして選挙の疲れが出たんだろう」「それならいいけど」

 こう言った所を悪は絶対に見逃さない。「渡辺。中田の様子がおかしいと思わないか」「なんか変ですよね」「ちょっと調べてみるか」

 さて、中田市政の5期目がスタートした。今期は何と言ってもアポロ計画を軌道に乗せることだ。その手始めが新庁舎建設地の決定だ。以前高杉は中田市長に呼ばれ「新海、小泉、渡辺、大石の根回しは終わった。これで建設地はアポロで行くが一応現庁舎派もいるので審議会を開催して決める。現庁舎派を納得させる大義が必要だからな。」アポロというのはアポロ市中心部にある唯一の広大な空地だ。「まーそれの方が無難ですよね」

 審議会が開催される以前に高杉や原は庁舎問題の議論を市議団できちんと行うべきだと執行部に何度も投げかけた。しかし結局合併問題の時と一緒で一度だけ「皆さんどちらがいいですか」と言う意見を聞いただけだ。只、この時はまだ半数以上のメンバーがアポロと答えていた。

 この審議会の自由党メンバーだが自由党市議団は団会議も開かず渡辺、松田、岩井の3名に決定した。もうこの頃には団会議は報告のみで議論は全くない。ひどいなんてもんじゃない。一部の人間だけで全てを決めその他の議員は完全な無視だ。小学生のいじめみたいなもんだ。こういう奴らがいじめ問題に取り組んでると思うと情けなくなる。いじめがなくなる訳がない。「子どもはちゃんと大人を見ている」

 さて、審議会が開かれたがこれが当初はアポロで動いていたのだが途中から雲行きが怪しくなった。次第に大石、渡辺の二人が現庁舎派に急変。これはどうした事か。

 実は中田市長5期目の投票日に中田の様子がおかしいと感じた小泉は中田の動向を調べ上げた。「おい。渡辺。良い知らせだ。中田。ありゃー重病だぞ。チャンス。チャンス。徹底的に揺さぶるぞ。けっけっ」小泉はここは揺さぶりどころと見て庁舎問題を当ててきたのだ。

 この年の10月高杉は中田市長と会い「市長。庁舎は予定通りアポロですよね」「当然だろう。現状のこんな狭い場所じゃどうにもならないだろう」「でもなんか渡辺と大石が可笑しいですよ」「そうなんだよ。嫌になっちゃうだろう」「本当ですよね。また何か企んでますよ。気を付けて下さい」「あーわかってる。ところで話は違うけど矢幡市と合併して県議が1人増えるから今度は県議選に出ろよ」「市長。またですか。考えておきますよ」この冗談めいた話が後に中田の遺言となるとはこの時高杉は考えてもいなかった。高杉は市長室を後にした。「市長顔色悪いな」

 この頃から小泉、渡辺からの中田市長に対する圧力は激しさを増してきた。「市長。庁舎は現在地のままで行きましょう。でなければ市議会は2元代表制だから徹底抗戦しますよ」「議員は圧倒的に現庁舎の数の方が多いんですよ。市長提出議案が否決されるなんて前代未聞ですよ。いいんですか」小泉と渡辺だ。「どうやら中田は相当体調が良くないらしい。ここで圧力をかければ体力的に奴は持たないだろう。庁舎の場所なんてどこでもいいんだよ。市民の声なんて関係ねーよ。要は中田に罰点をつけて失脚させればいいんだ。他の市会議員の根回しは大丈夫だろうな」「あーうちの団員なんかはどうって事ないですよ。それに大石もこっちにつきましたしね」「中田は小池と違い精神的に強いが体調があれじゃもうちょいだろう。その後、市長は俺がやるからあんたは県会に行きなよ。そしてアポロ計画は我々の思うがままだ。いくら抜けるか楽しみだな。けっけっ」「半端じゃないですよ。何たって総工費約1、000億だ。笑が止まんないですね。はっはっ。ところで新海さんは仲間に入れますか」「いいだろうほっとけば。なんてたって今や飛ぶ鳥も落とす勢いの外務大臣様だからまずいだろう。けっけっ」「そりゃそうだ。はっはっ」

 この頃から中田家には頻繁に嫌がらせの電話がかかっており家族も精神的に参っていた。

この家族に狙いを定めるのが小泉、渡辺の得意な手段だ。家族を痛めつけるのが最も本人にも応える。卑怯な手口だ。

 その後審議会での最終答申が出され建設地は予定通りアポロが最適地と出された。委員全員承認の下、可決された。この賛成委員の中にはもちろん渡辺、大石もいる。

 しかしその答申の最終章には最終決定は議会の承認が必要との一文がありこれを逆手にとった現庁舎派が特別委員会にて最適地はアポロにあらず現在地であると決定。この特別委員会の委員長は渡辺だ。そもそも最終決定は議会で決めると言うのは当たり前のことだ。審議会は答申を出す所で議決は議会が行う。しかしながらこれまで審議会での最終答申をひっくり返しての議会採決はない。これを見かねた11連合町会は中田市長に対し建設地はアポロでとの要望書を提出。市民の大多数はアポロを望んでいた。街は紛糾した。高杉の地元古川地区もアポロ支持で要望書を提出した。

 要望書を提出した11連合町会は高杉の地元古川地区を中心に動き始めた。古川地区後輩議員の原は奔走した。実は原の後援会長は古川地区連合町会長本田だ。原は本田会長の意向を伝えるため各連合町会長を回った。

 結果、要望書を提出した11連合町会は会議を開いた。その席に各地区選出の市会議員も呼ばれ一人一人の意思確認が行われた。その席には民生党、共創党の議員の姿はなかった。古川地区からは5名の自由党市議が出席した。高杉、関口、吉川、若田、原の5名だ。その他の地区から7名。合計12名の議員が出席した。この中で吉川だけが態度を保留。吉川は色々な地区を食い散らかしているので態度を明確にできないのだろう。古川地区残り4名はもちろんアポロ派だ。又、その他の7名もアポロ派だ。ところが翌日になり若田が寝返った。「私は市長与党なんで市長提出議案に反対することはできない」と豹変。おかしな話だ。これまでは「地方議会は2元代表制だから市長は市長。我々議員は議員だ」と普段さんざん言っていたのに訳がわからない。

 この時最大会派の自由党は16名。自由党の連合は各地区で地区割りされているので少なくとも16地区の議員が存在する計算だ。11連合町会から要望書が提出されたとするならば少なくとも11人の議員はアポロ支持のはず。ところが蓋を開けて見れば最後までアポロ支持を訴えたのは高杉の地元の後輩議員である関口と原を合わせた3人だけ。他の要望書が提出された地区議員はやはり若田が言った様に「我々は市長与党なんだから市長提出議案には反対できない」呆れるにも程がある。これまでさんざん「地方議会は2元代表制だから市長とは是々非々で行く」とかっこつけていた奴らだ。地元で問いただされたらどうするかの完全に執行部が考えた陳腐な答えだろう。奴らは「どうせがーがー騒いでるのも今だけだ。ちょっとすれば大人しくなる。今の市民はそんなもんだ」とことん市民を馬鹿にしている。

 そもそも庁舎の移転には議員の3分の2の同意が必要であり共創党と民生党が反対に回っただけでも3分の2には届かず移転は出来ない。少なくとも自由党議員は地元からの選出なのだから地元の意見を大切にすべきだ。この大多数の議員は少なくともちょっと前までは地元を尊重しアポロだったはずである。ほとほと嫌になる。

 「パン。パパン。パン」高杉はミット打ちをしていた。「しかし奴らは一体なんなんだろう。政治家はこんなんでいいのかよ。政治家の判断は市の将来を左右するのに上から言われてコロコロ意見が変わるようじゃどうしようもないな。市民がかわいそうだ」

 赤提灯で黒霧を飲みながら高杉はアポロ市の将来を考えていた。「庁舎が今の場所で建替だとなんかメリットあるのか。周辺が衰退するって言うけどこのまま建替てもいいとこ現状維持。市民の税金を300億以上使うのになんの夢も見られ無い。なんかつまんねーな」「高杉君。庁舎はアポロじゃないのかい」「マスター今のままじゃ現在の場所だよ」「なんなんだそれ。だって今の場所で建てるのとアポロに建てるのでは100億近く変わってくるって聞いてるぞ」「まーねー土地を資産だと考えればその位変わってくるね。何しろ今の場所じゃ壊して建てて引っ越してまた壊して建ててだからね。時間も金も掛かるし夢もないよね」「あたりめーだよ。何考えてんだ。市民の税金を何だと思ってやがんだ」「議員の大多数が今の場所でいいんだとさ。信じらんねーよ」「そんな議員首にしろ」「まったくだね」

 この流れの中12月議会を迎えた。それ以前の11月15日に高杉は中田市長と会い「市長。アポロで行きましょう。例え採決で否決されてもこれは市長の責任ではない。このままアポロで出す事こそ意義がある」「でもよー絶対に否決されるだろう。市長提出議案が否決されるのは前代未聞だよな」「そんなの関係ないですよ。民意はアポロです。市長も以前仰ってましたよ」「ちょっと考えるは」高杉は市長室を後にした。「まいった市長めちゃくちゃ顔色悪いな」

その後中田市長は新庁舎建設地を現在の場所で建築する事を決め要望書を提出した連合町会長と個別に市長室で会い現庁舎地で行く旨の説得をする。しかしながら各連合町会長も説得には応じず。そのまま12月議会は開会した。高杉は12月5日再度市長と会い「市長。何もこの議会で議案提出しなくても3月議会で提出してもスケジュールにはほとんど影響しませんよ。市民アンケートでもやりましょうよ」「駄目だ。涼。もう間に合わないんだよ」高杉は沈黙し市長室を後にした。「顔色が悪いなんてもんじゃない。まいったな」

 その後一般質問が行われたが中田は通常であれば登壇して各議員の質問に答えるのであるがこの頃には登壇も出来ず自席から答弁していた。何とか一般質問も終わり各常任委員会への付託案件により議案精読日に入り議会は一時休会。12月議会最終日前日。高杉は地元の後輩議員関口と原を連れ地元古川地区連合町会長本田の自宅を訪れ「明日採決です。会長が反対しろと言えば我々は反対票を入れます。但し間違いなく今度は除名されます。如何いたしましょうか」「自由党に居ないと今後の仕事に影響するな。今回は悔しいが賛成しなさい」「わかりました」

 翌日の最終日。皆が目を疑った。中田の姿だ。車椅子で議場に入り姿形はもはや別人である。「大丈夫か」あっちこっちからそんな声が聞こえる。滞りなく委員長報告。各種議案の採決が進められ最後に庁舎建設地の議案が中田から提出された。「審議会やその他で様々な議論を重ねてきましたが新庁舎の建設地は現在の場所で行いたいと思います。ご同意をお願いします」続いて議長より「本案件は投票にて採決を行います」議員の名前が呼ばれ次々に投票が行われた。「投票もれはございませんか」議長。「なし」「開票します」「賛成多数により本案件は可決されました」現在地にて賛成多数で承認可決された。この時傍聴席は傍聴者で一杯になり。採決の時には罵声まで飛んでいた。そんな中議長が閉会を告げた。中田は職員に手を取られ車椅子でそっと議場を後にした。

 その3日後の12月24日中田市長急逝の知らせが未明に高杉の元に届けられた。小泉、渡辺からの再三にわたる誹謗中傷、圧力により体力も限界に達していたに違いない。中田本人の「排除」である。

 すぐに中田の自宅に向かった。そこには今にも起き上がりそうな中田士郎が眠っていた。

「やはりあの時のもう間に合わないの意味はこれだったんだ。後任にこの問題を引きずらせる訳には行かない。自分でこの議会で決着をつけるしかない。それには現庁舎の場所で行くしかない」

 高杉は中田市長が本心と違う苦渋の決断をしたと思うと涙が止まらなかった。

 その日高杉は狂った様にサンドバッグを叩いていた。「アー。シャッシャッ。アー。バス。ドス。パパパパパパパパン」

 その晩高杉は浴びるほど黒霧を飲んだ。「市長。死んじゃだめだ。死んだら負けだ。アポロ計画はどうなるんだ。人を議員に誘っといて自分は途中下車はないだろう。クソ、クソ」「高杉君。飲みすぎだぞ。まー今日はしょうがねーか。俺も付き合うよ。いい市長だったな。そうだ。高杉君。市長選出ちゃえよ。応援するぞ」「だめだこのマスター」

 巨星落つの知らせはアポロ市を悲しみに包んだ。葬儀には5、000人を超える参列者が訪れ悲しみが街を包んだまま平成23年が幕を閉じた。

 実はこの12月議会での建設地承認の案件は実質的には何の拘束力もない。要は建設地は現在の場所で行いますからあなた方も了承し責任を持ってくださいよと言う案件だ。やはり建設地をアポロにしようとするならば議員の3分の2の賛成があれば可能であり、この同意を求めた議案は全く効力はない。要は中田が「おまえら責任持てよ」と言う案件だ。この案件を廃案にしなければ次に進めないと言うような議案ではない。この議案を無視して庁舎はアポロに建設すると言う案件に3分の2の議員が賛成すれば庁舎建設地はアポロに決まるわけだ。

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