第16話 3期目
選挙も終わり高杉は両親の暮らす岩手県に行った。墓参りにも行ったがこれが酷い状態であった。ほとんど全ての墓石が倒れ陥没しているのだ。当然高杉家の墓も倒れていた。まだ墓を直すまで手が回らないのだ。お墓に行く途中の道路も至る所が陥没している状況だ。驚いたのは車が空地に山の様に積まれている光景だ。これは津波により被害にあった車を積んでいるとの事だ。高杉の実家はどちらかと言えば山側だったので津波の被害はない。とりあえずそういった被害のない場所に運んでいるとの事だ。又、家の裏には自衛隊の基地がありそこからひっきりなしに自衛隊の救助隊が被災地に向かっていた。地震発生から1ヶ月以上経つが一向に落ち着く気配はない。海側は津波にやられ街自体が消えてなくなっている。高杉の実家は津波の被害はないが地震で最も揺れがひどかった地域である。甥っ子がちょうど学校にいた時に地震が起こったが避難訓練で地震が起きたら机の下にもぐりなさいと言うが潜るどころの騒ぎではないらしかった。机そのものが飛んで行ったそうだ。さすがにもうだめかと思ったそうだ。山側の被害も相当なものだ。道路が途中で切断されている所もあっちこっちだ。だがやはり復旧は海側が優先される。「この地震は全国各地の自治体に震災に対する考え方を一変させるな」と高杉は実感した。
アポロ市の統一地方選挙では市会議員選挙の2週間前に県会議員選挙が行われる。今回自由党からは小泉、田口の他に小泉、渡辺、新海と市会議員当選同期の早船が県議選に立候補した。早船の地盤は田口の割り当てられている地盤と諸にぶつかる。要は早船を出馬させ田口を「排除」する策略だ。しかし結果は小泉、田口が当選。早船は落選した。後の話だが早船は小泉から小泉の地盤には一切入らないと言う約束で出馬したとの事だ。要は田口「排除」の策略に早船はまんまと乗せられたのだ。又、渡辺にしてみれば早船は同期だが年齢は早船が年長者である分目の上のたんこぶでもある。早船が受かれば田口「排除」田口が受かれば早船「排除」とどちらに転んでも渡辺にとっては願ってもない事だ。
そして早船は落選のショックから体を壊し再起不能となってしまった。まさに「排除」だ。
市会議員選挙の結果。高杉らの3期目の同期生は一人落選。一人は任期途中で病死しており5名でのスタートとなった。この奇数と言う数字が曲者で後日話すが多数決となると常に高杉側が負ける数となる。
高杉は選挙前に借りた融資を不動産を売却し選挙後速やかに返済した。
そしてこの会社の清算を弁護士に一任し進めた。弁護士が債権者に通知を出したのを確認し高杉は従業員全員を集め今後の会社方針に関して話をした。「大変申し訳ございませんが会社を閉める事にします」「ちょっと待って下さい。いきなりそんな事を言われても困ります。退職金はどうなるんですか」「あなた方の言い分もわかりますが事前に知らせる様な事をすればお客様への影響は計り知れない。未施工の現場は完成させる事もできない。それだけは出来ない。ご理解していただきたい。退職金に関してはこれまで財団に積み立てていた分が各自に振り込まれます。自力で会社を探せない方は言って下さい。私もお手伝いします。本当に申し訳ございません。長い間ありがとうございました」
高杉は振り返った。「俺は議員になって本当に良かったんだろうか。バブル崩壊後この会社を父から引き継ぎ20年。色んな事があった。周りは建設不況で仕事がなかったが内だけは必死に仕事をとり忙しかった。ピーク時には従業員も20名いて毎年沖縄に旅行にも行っていた。ところが今はなんだ。会社は他人に任せ議員活動にうつつを抜かし、結局会社は倒れた」
人は情勢が悪くなるとさっと引いて行く。その後高杉の周りからは手のひらを返した様に人が去っていった。
平成21年当選後最初の議会は5月の臨時議会だ。ここでは新しい議長の選出が行われる。既に第1党の自由党と第2党の民生党の間で根回しも終わり次の議長は高杉の青年会の先輩である篠川だ。臨時議長の下議長選が行われ無事に篠川議長が誕生した。色々な嫌がらせがあったが無事に篠川も再選を果たし堂々の4期目だ。高杉は前期での渡辺と篠川の争いを思い出しほくそ笑んだ。「堂々と選挙で勝ち上がって来たんだ。これで少しは良くなるだろう」この時高杉はそう思っていた。
そして次の焦点は自由党市議団の団人事である。特に団長人事である。手を挙げているのは5期生の松田と4期生の岩井だ。通常であれば期が上の松田だが彼は他会派、自由党市議団員に正直言って人気がない。ほとんどの人間が岩井だと感じていた。高杉もその一人だ。結局両者話し合いがつかず市議団初の団長選挙が行われる事となった。立候補者は松田と岩井の2名。市議団は総勢17名である。正直松田の人気では勝ち目がない。
松田から高杉に一本の電話がかかる。「高杉君。何とか応援してくれないか」「先輩。はっきり言って勝てないんだから岩井さんの後にやればいいじゃないですか」松田も高杉の青年会の先輩だ。「いやーそこを何とか頼むよ。君が応援してくれればいい勝負ができるんだよ」「お断りします」その後も松田はあきらめず何度も高杉にアプローチを掛け、お互いに行きつけの居酒屋翔ちゃんで一杯やることになった。「なー高杉君。この通りだ頼む。何で5期の俺が4期の岩井の後にならなきゃなんないんだ。その他の人事や役職もおかしいだろう全部小泉と渡辺が勝手に決めてるんだ。それに自由党市議団、自由党アポロ支部の金の動きもおかしいのは君もわかってるだろう。何とかしないととんでも無いことになるよ。その第1歩がこの団長選挙なんだよ。頼むよ」渡辺は前団長、小泉は自由党アポロ支部長だ。高杉は小池を思い出した。「それじゃー小泉さんに今回俺が団長選に出るから一々市議団の事に首突っ込むなって言って来て下さい。そしたら応援しますよ」酒も入っていたこともあり。まー身内の選挙なんだから終わればノーサイドだろうと高杉は安易に思い答えた。
二日後松田から「小泉に言ったから応援してくれ」「参ったな。本当に言ったんですか」「言ったよ。小泉に確認してもらってもいいよ」「しょうがないな。まー約束だからやりましょう」先ずは仲間を集めなければならない。確実な所から一本釣りをしていこう。現議長の篠川に電話する。「先輩。松田さんの応援する事になっちゃたから力貸して下さい」「バカヤロー俺は初めからそのつもりだ。今の自由党はめちゃくちゃだ。まともに議論もしない。金がどうなっているかもわからない。大体執行部の金銭絡みの話はどうしようもない。改革するしかないだろう。小池の無念を晴らさなきゃ納得行かねー。俺はやる」「わかりました。ありがとうございます。よろしくお願いします」高杉も小池の一件以来改革はしなければと思っていた。次に松田と同期の田原に電話した。「いいよ。松田とは同期だし涼ちゃんがやるなら応援するよ」「ありがとうございます。ではよろしくお願いします」田原は女性議員で高杉とはウマが合いよく飲みに行く間柄だ。次に高杉の地元の後輩である関口。「わかりました。私も今の執行部には不満だらけなので応援させてもらいます」「ありがとう。頼むな」次は新人の伊藤議員。「篠川さんからも言われているから大丈夫ですよ」「わかりました。よろしくお願いします。これで松田本人を入れて6人。過半数は9人なので後3人。正直あと口説けても2人がいいとこだろう。残る手は2人に白票を入れてもらうしかないな」
翌日支部長代行の田口県会議員から6名が呼び出しを受けた。「吉川はこちらに付かせる。奴は市会議員の初陣の時からずっと俺が面倒見てきたから大丈夫だ」「大丈夫ですか。あいつの人間性は酷いですよ。当てになるんですか」「大丈夫だ。俺に任せとけ」これで7人。あと1人プラス白票1人で同点。とりあえず可能性のある地元の後輩原議員と新人の永井議員を口説くがなかなか態度をはっきりしない。最後の最後まで原議員を口説いた。「原な。あいつらのやり方はひどいからな。選挙の結果如何では酷いことになるかも知れない。松田さんも頼りないけどもし団長になったら俺がしっかりやらせるから何とか力貸してくれ」結局明確な答えはもらえなかったが少なくとも岩井に流れる事はないと確信した。これで8人。残るは白票に期待するしかない。
このまま選挙当日を迎え2人の立候補演説が始まる。松田「公平公正な団運営」岩井「これまで培った団を継続」各々訴え投票に移る。結果は松田7票。岩井10票。「えっ。おかしい1票少ない。誰だ裏切ったのは」「投票の結果。岩井議員を団長に決定します」選挙管理委員長の声。ではその他の人事を発表します。岩井新団長より「幹事長は吉川議員にお願いします」裏切り者は吉川だ。吉川は過去にも小池を裏切り寝返った経緯がある。「だから言ったんだよ。あいつは絶対に信用できないって。奴に取っては裏切りは男のロマンか。汚い男だ。今度は幹事長と言う飴玉をしゃぶらされたか。それにしても酷い奴だ。まーしょうがない。結果は結果だ。」しかしその後の人事が発表されるのを見て高杉は驚愕した。松田派の一掃である。「何処がノーサイドなんだ」
これ以降団運営は全て松田派無視で行われた。又、松田派の意見は一切取り入れられず団会議は只の報告会議となる。又、軋轢を避け常に年功序列で順番に役職を回してきた高杉ら3期生も決裂した。初っ端は議会運営委員長の人事だ。順番からすれば関口だが吉川が口火をきった。「これまでの団に対する貢献度。又、今回私が幹事長ですが議運の委員長とは連携を取っていかなくてはできません。関口さんとでは私は連携が取れません。ですので反町さんがいいと思います」結局話し合いは決裂。多数決により反町に決まった。3期生は5人だ。其の内松田派は関口と高杉の2人。他は3人だ。勝てるはずがない。もはや松田派に居場所はない。
「タタン。タタン。タタン。タタン」高杉はリズムよくパンチングボールを叩いていた。「しかし身内の選挙でここまで排除するか。市会議員は県会議員の集まりとは違って皆んな選挙区が一緒で選挙になればライバル同士なんだからもうちょっと気を使わないといかんだろう。皆んな大人だから団運営に協力してるのにこれじゃ唯のいじめと一緒だな。小泉と渡辺は人間的に欠陥者だな。だめだありゃ。あと松田さんも何なんだ。今回の選挙で市議団に一石を投じる事が出来たなんて、何能天気な事言ってんだ。あほか」
練習後いつもの赤提灯で高杉は飲んだ。ここは常連客ばかりで高杉にとって本当に気がまぎれる場所だ。最近は黒霧島のロックが定番だ。「高杉君。今度競輪のロイヤルルーム取ってよ。やっぱあの部屋は最高だよ。5、6人で行くから頼むよ」「いいですよ。マスターいつでも言って下さい。とりますから我々は競輪の売上が上がれば万々歳ですから目一杯負けてきて下さい」「言われなくても連戦連敗だよ」「あははは。ありがとうございます」アポロ市には公営ギャンブルで競輪場がある。嘗てはこれがアポロ市の財政を支えていたと言っても過言ではない。ロイヤルルームとはVIPルームの事だ。
高杉は原に電話した。「言っただろ。あいつらは酷いって」「いやー本当ですね。びっくりしました」「おまえも気をつけろよ」「わかりました。でも僕も納得できないものはできませんから今後も意見は言って行きます」
この年の10月矢幡市市長村瀬が中田との約束を守り平成13年破断した合併が2市ではあるが実現した。ここに塚越市が入っていればと思うと如何に政治家の決断が大切かがわかる。損を見るのはいつも市民だ。高杉は改めて思ったと同時に地元古川地区のまちづくりの遅れを考えると悔しくてしょうがなかった。
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