第15話 2期目5

 年が明け平成21年1月高杉は選挙準備に掛かっていたがスタッフが集まらない。やはり暮れからの噂が尾を引いているのは間違いない。そんな中、青年会の同志で1回目の選挙の時から応援してくれている廣川が事務局長を務めてくれた。廣川は事務局長としては最高の男だ。常に候補者がどうしたいかを考え行動してくれる。高杉は安心して選挙に没頭した。しかしやはり逆風である。妙な怪文書も出廻り高杉は苦戦した。ネットによる誹謗中傷も受けた。渡辺陣営からは「どうせ高杉は今回落ちるんだからこっちの応援をしろ」と高杉のスタッフに揺さぶりをかける者もいた。又、悪化した会社の立て直しや日々の資金繰りにも追われ大変厳しい選挙戦となった。

 3月11日いつもの様に車で支援者と挨拶廻りをしていると突然地鳴りと共に車が激しく揺れ始めた。東日本大震災である。目の前の電柱はいつ倒れてもおかしくないほど揺れている。今までに経験した事がない揺れだ。「これはとんでも無いぞ。震源地はどこだ。恐らく関東近郊だろう」と思った。しかし違った。何と岩手県冲だ。「うそだろう。岩手県沖が震源地でここでこの揺れか。一体マグニチュードはいくつだ」又、高杉の両親は岩手県に住んでいる。電話をかけても全く繋がらない。そうこうしているとテレビからとんでも無い映像が飛び込んできた。「津波だ」街が一気に津波に飲み込まれていく映像がリアルタイムで流れてくる。この世のものとはとても思えない地獄図だ。気仙沼には親戚もいる。高杉は錯乱した。「とりあえずうちに戻ろう」うちに戻ると妻と娘がいた。無事だ。息子は学校にいて帰って来れないようだ。もちろん学校とも連絡はとれない。高杉は車に乗り込み息子の学校に向かった。選挙初陣の時に小学校に入学したばかりの息子も今や中学生になっている。車も大渋滞だ。通常であれば1時間で着くところが4時間かかった。学校に着くと運良く息子とすぐに会へ再び車に乗り込みうちへと向かった。その間ずっと岩手県の両親に電話するがやはり全く繋がらない。高杉は不安で胸が一杯になった。「これはもはや選挙どころではなくなるぞ」翌日も連絡は取れない。高杉は廣川に「ちょっと岩手に行って来ていいか」と訊ねるが廣川は「だめだ。今は選挙中だ。そんな余裕は今のおまえにはない」

 三日後義理の兄から連絡が入り、とりあえず全員無事との事でほっとする。しかし気仙沼の親戚は未だ不明だ。両親とも言葉を交わせたのはそれから1週間後だ。水も電気もストップ状態だったそうだ。だが高杉の両親が暮らす家には井戸があったので水はどうにかなるかなと思っていたが現在は井戸も電気でのポンプアップで使えなかったそうだ。ただ自宅に発電機があったのでそれを使い事なきを得たとの事だ。

 そしてこの地震がもとで建築資材が全く入らなくなった。現場もストップだ。当然の如く金の流れも止まる。売上もストップだ。何とかしなければならない。高杉はあっちこっち飛び回ったが資金繰りに苦しんでいた高杉の会社にはもはやどこの金融機関も融資をしてくれない。平成13年初出馬以降高杉は会社建て直しの為、不動産投資を行っていた。これが上手く回転し順調に伸びていたが平成18年9月とんでもない事件が起こった。所謂リーマンショックだ。これにより高杉は約5億円の損失を被った。当然未だその影響は拭えずそこに来てのこの大地震だ。絶体絶命の窮地に陥った。

 又、この頃娘の美穂が中学生になるとともに酷い反抗期が始まった。美穂は歌が上手で小学校の頃より音楽の先生に非常に期待されていた。美穂も広樹と同じ小学校から高校まで一貫した私立校に入れていた。小学校での情報は中学校にはもちろん筒抜だ。中学校に上がるとともにコーラス部に必然的に入部したのだが直ぐに最前列中央でのソロを任された。これにはさすがに先輩は元より同級生にもやっかみがられ、いじめの対象とされてしまった。元々娘の美穂は息子と違い勉強もできプライドも高い。そういう子は意外にメンタルが弱い。一度そういう目に合うとなかなか立ち直れない。学校でのストレスが家で爆発する。ちょっとした事で切れる様になってしまった。妻の麻里とは毎日喧嘩をする有様だ。時に高杉が割って入るとさらに美穂はエスカレートする。「死ね。死ね。死ね」の連発だ。家の中も酷い状況である。

 度重なる選挙妨害、身内の被災、会社の危機、娘の反抗。4重苦だ。「出馬。とり止めるか」本気で思い高杉は中田に相談した。

 「市長。実は会社がにっちもさっちも行きません。出馬取り止めようかと思ってます」「ちょっと待て。それだけは止めろ。俺が銀行に打診して見る。とにかく選挙には出ろ」

 翌日高杉は中田と共に銀行に向かい何とか2,000万の融資を取り付け急場を凌ぐ事が出来た。

 高杉は選挙に没頭した。高杉はこれまで培った実績には自信があった。しかし選挙妨害は日増しにエスカレートしていった。

 「どうも誰かに付けられている見たいだ」高杉が支持者廻りをしている時だ。この予感は的中していた。高杉が支持者廻りをした後に怪文書を投げ込んでいるのだ。こんなえげつない妨害をする奴は一人しかいない。高杉は相手を確信した。「八木だ」

 そして津波で被災した気仙沼の親戚は結局亡くなっていた。高杉は葬儀にも出席できなかった。全く気持ちに余裕がなくなった高杉だが何とか投票日まで漕ぎ着けた。

 投票日当日高杉は事務所で票読みをした。「おっ。4,000票だ」それを聞いていた廣川が「おまえ何言ってんの。今回あなたは本当に危ないんだよ。そんな数字はありえないよ」「そういえば前回の選挙も3,500票って言ってて3,000票だったね」田所が笑いながら言う。田所は高杉と青年会同期の仲間だ。午後8時となり投票終了。高杉はいつものように近所のとんかつ屋で食事をとりながら開票を待っていた。10時。廣川から電話があり「そろそろ事務所においでよ。因みに今速報が入ってケツから9番目だってさ。やばいよ」「えっ。うそだろう」高杉は事務所に向かった。開票は進む。事務所には緊張が走る。誰かが高杉の耳元で囁く「最後の票の山が出たようです。高杉さんの山は相当あるそうです。大丈夫。圧勝です」「よーし万歳をしよう」廣川が叫ぶ。中田市長も到着した。「万歳。万歳」結果は高杉の予想とほぼ変わらぬ3,960票大勝である。一方渡辺は3,800票。高杉の勝利である。嫌がらせを受けていたスタッフは大喜びで渡辺陣営に電話をかけている。「えっ。何。そっち何票。聞こえないよ」

 高杉は無事に当選を果たした。しかし高杉にとってこれからの4年間が如何に理不尽で過酷なものとなるかはまだ彼は知る由もない。

又、この選挙から高杉にターゲットを絞り嫌がらせを仕掛けてくる人間が現れた。「八木だ。」 

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