第13話 2期目3

翌平成19年4月団人事の時期だ。通常であれば今度の幹事長は順番から3期生の篠川だ。団長は3度渡辺。そして幹事長に指名したのは何と2期生の反町だ。「ちょっと待った。それはおかしいんじゃないですか。何で篠川さんじゃないんですか」高杉が噛みついた。幹事長は他党との交渉が大きな仕事の一つだ。篠川にはその交渉能力がないからだと言う。確かに篠川は癖のある人間だ。だが能力がないわけではない。「私はいつも篠川さんがないがしろにされているとしか思えないんです。例えば今期の議長です。1年目は田原さん。通常であれば昨年の6月で松田さんに交代のはずが9月までずれ込んだ。松田さんが6月で交代すれば予定通りですが1年も経ってないのでそれはないですよね。そうなると9月までやって岩井さんと交代。残りの任期を考えると岩井さんが最後までやって今期は終わり。篠川さんまで回らない。議長は1年交代で行きましょうと言ったのは渡辺さんあなたですよ。まーそれを最初に破ったのは前期で2年やった渡辺さんですけど。いずれにしても私には篠川さんに対しては万事そんな具合だとしか思えない。確かにあなたと篠川さんは選挙地盤が被るから邪魔なのはわかりますがそうであるなら尚更、気を使って渡辺はきちんと平等にやる男だと思わせるべきだと思います。それと反町さん。あなたも辞退すべきだ」高杉は問いただした。だが結果は変わらずそのまま反町が幹事長となった。反町は渡辺べったりの人間だ。最初から話はできていた。それに篠川が幹事長になれば色々嗅ぎまわるのは明白だ。小池以上に厄介だと思ったのだろう。それに篠川は中田派だ。

 その晩高杉は渡辺と会食した。「渡辺さん。私はあなたの団運営には納得できない。何でこんな軋轢を生む人事をするんですか」「篠川さんが幹事長では民生党が納得しない」「これは団人事ですよね。何で民生党が首突っ込んでくるんですか。それにそう言う事を言われても民生党を説得するのが団長の仕事ですよね。他党が納得しないから自分の団員を犠牲にするんじゃ団長の役、果たしてないじゃないですか。 それとも篠川さんに色々嗅ぎ回れるのが嫌なんですか。 確かに小池さんより厄介かも知れませんね」「おまえ何言ってんだ。言ってる意味が良くわかんねーよ」「団と支部の会計の件ですよ。小池さんが不明瞭過ぎるから明確にすると言ってたんですが結局はっきりする事が出来なかった。篠川さんも当然この点はやっていくはずです。あなたにとって従順でない人間は排除ですか」「おまえもうるさいねー。俺が団長で篠川さんとはやりたくないんだよ。彼とは合わないからやりたくないの」「それが本音ですか。結局平等には出来ない。私心が優先する訳ですね。わかりました。あなたが団長でいる限り私は団の役職一切を辞退させていただきます」もちろん渡辺にとっては嬉しい限りだろう。帰り際渡辺は「もう二度とおまえとは飲まない」と捨て台詞を吐き帰って行った。因みに高杉は議員になる前は渡辺の選挙を手伝っていた。「昔はあーじゃなかったはずなのに」高杉は嘆いた。

 この頃から高杉は息子広樹とボクシングに没頭していた。むしゃくしゃするときはボクシングは最高だ。縄跳び2ラウンド。ミット2ラウンド。シャドー3ラウンド。サンドバッグ3ラウンド。パンチングボール2ラウンド。計12ラウンドを日課にした。時には息子と2ラウンドスパーリングも行う。練習はハードだが流す汗は最高だ。高杉は没頭した。 

練習が終わると高杉はいつも行きつけの赤提灯にトレーナー達を誘って飲みに行く。ジムの雰囲気作りも高杉の仕事の一つだ。 

 2期目になると段々と業者からの頼まれ事も増えてくる。ある時高杉のもとに村田土建から入札の指名業者の指定をしていただきたい旨の依頼が来た。この業者とは旧知の仲で昔から高杉もお世話になっていた。「まー取れる取れないはそちらの努力ですからいいですよ。やりますよ」「ありがとうございます」結果村田土建は入札に参加しうまく落札した。後日村田土建から「先生。ありがとうございました。これどうぞ」「なんですか。これ」中身はお金だ。「こんなものは受け取れません」「えっ。だって渡辺さんは1回最低30万。内容によっては100万ですよ」「本当か。それ」「絶対私が言ったって言わないで下さいよ」「そんなもん。言うはずないだろう」「渡辺さんは仕事の内容によって金額表が出来ていてそれはここに当てはまるから50万とか。それはここだから80万とか決まってるんですよ。それと小泉さんと渡辺さんは葬儀委員長の金額表まであって松竹梅。100万。50万。30万に分かれてるんですよ」噂には聞いていたがひどいもんだ。その後も市議会では渡辺。県議会では小泉の金の噂は引っ切り無しに入ってくる。千葉県警も捜査に乗り出しているらしい。だがこういった案件はなかなか尻尾を掴むのが難しい。それはそうだ受け取った側はもちろん渡した側も捕まってしまうのだから困難極まりない。そう言えば昔、渡辺は高杉がまだ彼の選挙を手伝っていた頃「俺は中林先生見たいになりたい」としきりに言っていたのを思い出す。この中林先生は「北町奉行所」と呼ばれ役所の仕事の一切を取り仕切り袖の下に入れていた男だ。「渡辺の目標はこの人だった」今、考えると恐ろしい限りだ。私利私欲が第一優先だ。合併が破断になった時の名古屋の対応を思いだす。いざという時の政治家の決断が如何に重要であるか。如何に市民の事を考えて決断するかが大切か。私利私欲が第一の人間にはそれができない。 

 平成19年5月。中田は4回目の市長選に出馬した。今回は共創党のみならず元自由党県会議員の松島が立候補した。この松島陣営が非常に汚い選挙をする。ありもしない中田の不正を街頭演説で訴えた。しかもイメージカラーは黒だ。アポロ駅前デッキ上にはブラックの登りが立ち並ぶ。異様な光景だ。「中田市長は業者から賄賂を受け取っている」と街頭でぶち上げた。しかも中田本人もいるアポロ駅東口での街頭でだ。本人の目の前で平然とありもしない演説をする。これにはさすがの中田も怒った。因みに中田と言う男はそういった噂すらまったくと言って良いほどない男で、逆にもう少し融通を利かせてもいいんじゃないかとまで言われているような男だ。中田も熱くなった。「皆さん。私の3期12年間を考えて頂きたい。私の事は皆さんが一番ご存知のはずです。私が賄賂を受け取る様な人間に見えますか。冗談じゃない。逆にこの様な卑劣な手段を取る人間に皆さん市長を任せられますか。どうですか皆さん」「その通りだ」どこからか声が掛かる。「この12年でアポロ市はどうなりましたか。この駅前を見てください。人で溢れ活気に満ちていると思いませんか。駅前再開発は終わりました。これからは外郭地域に力を入れなければなりません。皆さん再度この中田に市政を任せて下さい。お願いします。せっかく縁があってこのまちで一緒に暮らしてるんです。どうせ暮らすなら皆んなでいいまちつくりましょうよ」中田は天才的に演説がうまい。聴衆は中田の演説に引き込まれる。選挙は白熱した。しかし結果はダブルスコア以上で中田の圧勝に終わった。

 中田市政4期目のスタートである。

 この年の8月。衆議院選挙が行われた。この時は自由党の失政により国民が自由党に嫌気がさし、自由党に国政は任せられない。一度民社党にやらせてみようと言う気運が高まり民社党が圧勝した。新海もこの煽りを受け落選するが惜敗率で比例復活当選をした。どこまでも運のいい男である。自由党逆風の中、当選したのは新海を含め県内ではたったの2名しかいなかった。必然的に期が上の新海が自由党千葉県連会長に就任した。これが小泉をさらにエスカレートさせた。「今回の逆風の中でも我々は返り咲いた。自由党アポロ支部の力を全国に知らしめた」小泉は勢いづく。

 県連と言うのは実質県会議員が動かしているようなものだ。県連の会長がアポロ市の新海。そして幹事長が小泉だ。小泉は気に入らない人間を徹底的に「排除」した。その一人が小泉の亡くなった父親と同期の県会議員の佐々木だ。小泉の父親は佐々木に大変な借りがあった。だから小泉は佐々木には頭が上がらなかった。目の上のたんこぶだ。なんとか「排除」したかった。佐々木はミスを犯した。同じ選挙区のライバル県会議員が一般質問を行った際、傍聴に来た傍聴者の名簿を職員を恫喝し手に入れたのだ。小泉はその議員を焚きつけ話を大事にさせた。新聞社まで焚きつけ徹底的に問題にし、この佐々木を自由党県議団から追放した。「排除」だ。この男の頭の中は「排除」の理論しかない。まるでどっかの国の金何とか見たいだ。

 この8月の衆議院選挙戦。中田は全く姿を現さなかった。これがまた小泉を激怒させた。

 実は平成19年5月に4回目の市長選を無事に終えた中田はかねてより病いに伏していた妻に対して自分の骨髄を移植すると言う大手術を行った。結果は見事成功。妻も元気を取り戻した。これは美談として特に女性の中田人気を煽った。面白くないのは自由党の4人だ。たまたまこの手術の時期に衆議院選挙が重なり中田は一切新海の選挙の応援ができなかったのだが彼らはそうは思わない。中田はわざとこの時に手術を行ったんだ。結果中田の応援が無く新海は復活当選したものの落選した。やはり中田の応援あるなしは選挙に大きく影響する。小泉達は中田憎しを募らせた。

 平成19年9月議会まで高杉が予期した通り松田が議長を務め岩井に議長を交代した。予想通り今期の篠川の議長はなくなった。

 

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