第8話 1期目3

さてこの1期目の最大の案件は塚越市と矢幡市との3市合併だ。当初はこれに木山市と日下市が加わっており5市で政令指定都市を目指そうとしていた。ところが日下市以外の4市は県南部地域。日下市はどちらかと言えば県東部地域との関わりが強くまず日下市が抜けた。次に木山市は財政的に独自でやっていくのがベターと判断し抜けた。結局残ったのは3市だ。3市合併と言っても塚越市人口7万人。矢幡市人口6万人。そしてアポロ市は人口52万人だ。誰が考えても吸収合併だ。ところが吸収合併だと話がなかなか進まず中田は政令指定都市を視野に入れている為、ここでつまづく訳には行かない。そこで対等合併と言う形で話を進めた。合併へ向けての事務作業はほとんど全てアポロ市の主導で行われた。しかし内容的にはアポロ市が妥協する面が多数ありこのままでは合併後、市民サービスにマイナスになるのではないかと思うものまで出てきた。それはそうだ。人口6万人、7万人の市と52万人の市ではそもそも行政サービス事態全く違うものがあって当然である。高杉は自由党市議団としてきちんと議論の場を設けるべきだと何度も執行部に申し入れをしたが返事は「合併と言う案件は非常にデリケートなものなのでこのまま粛々と進めたい」全く意味のわからない。訳のわからない回答しか返って来ない。要は基本的に自由党議員と言うのは役人任せがほとんどで積極的に勉強をする党ではない。各議会ごとに行政から案件説明は受けるがそれに対して疑問があれば質問する程度だ。こういった大きな案件は全て役人任せ。後は他市の議員との根回しだ。要は政治屋を気取っている奴が多い。とんだ勘違いだ。行政の考えと市民の考え両方を熟知しまちづくりに反映させねばならない。もちろん他市との調整、根回しも必要だが最も大切な事は合併後どんなまちを創るかという事だ。その為の議論はしなければならない。

 いよいよ合併協議会も大詰めを迎え最後に合併後の新市の名称をどうするかという点で揉めた。当初は多くの面でアポロ市が妥協し受け入れてきたものが多かったので名称だけはアポロ市でと言うことで根回しされていた。ところが塚越市の議員から突然「もう一度多数決で新市の名称を決めましょう」「ちょっと待った。先日の協議会での投票でアポロ市が一番で既に決まったはずだ」アポロ市議員。「いや。確かにあの時はアポロ市が一番だったが過半数には達していなかった。もう一度やるべきだ」塚越市議員。この時の議長は3市の中で最年長の塚越市市長沼田だ。又、今回の合併は対等合併という事で人口に関係なく会議メンバーの構成も均等割になっている。高杉はこの会議を傍聴していた。「なんか変な感じだ」議長の沼田が「では前回の一番手の名称アポロ市と次に多かった南彩市で多数決をとりましょう」アポロ市議員はもちろん反対。しかし矢幡市と塚越市の議員は賛成である。委員メンバー構成は同数である。当然ながら決戦投票が行われた。塚越市のメンバーは当初から南彩市を押していた。矢幡市のメンバーはアポロ市のはずだ。結果がでた。「南彩市が多数ですので南彩市に決定します」議長。

「ばかな。裏切りだ」中田は席を立った。さすがの中田もこの時ばかりは怒り即座に記者会見を開き「信用の出来ない方々と大切な行政運営は出来ない。今回の合併話は白紙に戻させて頂く」またも裏切りだ。最後の投票で寝返った奴がいる。中田市政に何やら暗雲が立ち込めてきていると高杉は嫌な空気を感じずにはいられなかった。又、「これでうちの地元の街づくりは遅れるな」と確信した。

 この合併の破断は多方面に大きな影響を与えた。国・県からも中田市長に対する批判が噴出した。「たかが名前で大事な合併を白紙に戻すとは何事だ」「最初から対等ではなく吸収合併で進めないからこういう事になるんだ」上部だけしか知らない外野は言いたいことを言う。

 当時国を挙げて市町村合併を進めていた時期だけに当然と言えば当然だが高杉としては合併の内容には不服だったので仕切り直すべきだとも考えていた。だが塚越市は高杉の地元古川地区とは隣接している。最寄駅も所在地は塚越市だがこの駅の利用者のほとんどが古川地区の人間だ。特に東口は圧倒的に古川地区利用者だ。西口は塚越市の利用者がほとんどだ。行政と言うのははっきりしているものでやはり自分のところの利用者が多い西口はロータリーも作りしっかりと整備している。それに比べて東口はと言うと駅前にバスも入って来られない状況だ。東口はアポロ市さんの利用者が多いんだからそちらでやりたいんならやってくださいよと言わんばかりだ。それが出来れば苦労はしない。駅の所在地が塚越市なのだからどうしようもない。駅前再開発を考える上でも合併はしておきたかった。又、警察の管轄を考えても市境と言うのは厄介だ。塚越駅東口を出て1分も歩くとアポロ市になる。駅前のアポロ市で起きた事件に関しては塚越駅前派出所は対応を渋る。管轄が違うのだ。駅前アポロ市で何か起きるとそこから10分強歩いたアポロ市の派出所に行ってくれと言う始末だ。同じ県警なんだからきちんと対応しろって話だ。こう言う事を考えると市境が犯罪が多いというのもうなずける。安全なまちづくりを考えた上でもやはり合併はしておきたかった。 

 これを契機に自由党アポロ支部では今回の合併問題は中田市長の失政であるとばかりに中田に対して強気な部分が出てきたように感じる。

 そして高杉はこの頃から自由党の党運営。特に市議団運営には不満を感じていた。高杉は自身の市政ニュースで我が団はこの合併に対して議論すらしていないと言う事を嘆いている。

 ところが合併破断後の自由党市議団レポートには「今回の合併では我々団としても議論に議論を重ね進めていたにもかかわらずこのような結果になり甚だ残念だ」と書いてあった。さすがに高杉は当時の市議団幹事長の渡辺に「この記事はうそじゃないですか。こんなものは市民には配れない」と食って掛かった。「いいんだよ。どうせ市民にはわかりゃしないんだから。市議団にとってメリットになる記事にしておけばいいの」「なんなんだこの政治屋は」確かに一度だけ団会議で他の案件もある中で「皆さん。今回の合併は賛成ですか。反対ですか」と一人づつ聞いた事はある。だが議論は一回もしていない。ひどい話である。その市議団レポートは渡辺の命により各市会議員が駅頭で配った様だが高杉は配らなかった。それを配れば高杉の市政ニュースと食い違ってしまうから当然だしうそのレポートは配れない。この体質は何とか改善しなければならないと高杉は感じた。

 又、後の話だが今回の合併が最終的に破断に終わった多数決でも裏切りものが出たのは自由党アポロ支部からの差し金があったと言われている。政治屋が暗躍したのだ。要は中田に罰点をつけたかったのだ。中田を失脚させたいのだ。その中心が小泉と渡辺だ。

 前市長の永井は支部長も兼務していたが中田は市長と言うのは出来るだけ中立な立場にいるべきだと言う考えがあり自由党アポロ支部の運営には携わってこなかった。これが後から考えれば仇となった。いつの間にか自由党議員団のほとんどが小泉、渡辺に手なずかされてしまった。中田派はほとんどいない。


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