第5話 初出馬

翌年市会議員選挙を迎える平成12年。実は来年の市会議員選挙は引退する議員が多く新人が多数出るだろうと言われている。中田に取っては中田派を増やす絶好のチャンスである。中田は一人でも多く中田派の議員が欲しい。そこで当時の青年会の理事長である高杉に青年会から誰か来年の市議選に出して欲しいと要請があった。高杉は時の青年会の専務理事小林に誰か探すように指示を出した。小林も色々当たったようだがなかなか見つからず業を煮やした中田が高杉に「どうなってんだ。もう8月だぞ」「今探してますからもうちょっとお待ち下さい」「そんな悠長な事は言っていられない。おまえが出ろ。俺は初めからおまえがいいと思ってるんだ」「ちょっと待って下さい。いきなりそんなこと言われても困ります。それに私は今現役の理事長ですからはい。わかりました。とは言えません」「いつまで待てばいいんだ」「少なくとも本年度の事業の目鼻が付く11月一杯待ってください」「良しわかった」高杉は悩んだ。高杉の本業は当時建設業でバブル崩壊後売上は年々減少し非常に厳しい経営を強いられている状況だ。2年前に立ち上げた新会社もようやっと回り出した所だ。しかし高杉は子どもの頃より政治には興味がありよくそんな関係の本を読んでいたのも事実だ。子どもの頃の夢は政治家になることだった。しかしその頃の夢もだんだんと薄れいつしか忘れ去ったのだが青年会に入り行政と共にまちづくりに携わり又、多くの政治家の方々と接する事で再び夢を思い出しているのも事実だ。特に中田の存在は高杉にとっては大きい。だが高杉は小林に引続き候補者を探すよう指示した。

 候補者が見つからないまま日々の仕事と青年会活動に追われ約束の11月はあっと言う間に過ぎ去った。

 平成12年12月1日午前8時30分。高杉の携帯が鳴った。「約束の日だぞ」中田だ。「・・・」「どうした」「わかりました。やらせて頂きます」「そうか。じゃあ明日の朝10時に高田さんと市長室に来い」高田さんと言うのはやはり青年会の理事長経験者で高杉の先輩だ。高杉はすぐに妻の麻里に出馬の経緯、出馬の意向を説明した。麻里は「私は政治家の嫁になるつもりであなたと一緒になったのではありません」しかし既に中田にはやると返事をしてしまっている。どうにか説得しなければならない。「すまん。もう後には引けないんだ」「あなたはいつもそう。どうせもう決めちゃってるんでしょう」「すまん」麻里は何とか了承し「私は何もわからないけどどうすればいいの」「とりあえず何もしなくていいだろう。こっちでがんばるよ」これが甘かった。本人の代理になれるのは妻しかいないのだ。選挙戦が始まると妻の麻里は大忙しとなる。その晩高杉はたまたま家に帰ってきていた両親にも出馬の意向を告げた。父親は反対。母親は「選挙ってお金かかるんでしょう。どれくらいかかるの」「昔は数千万って言われてたけど今は500万位じゃないの」「じゃーやってみれば」高杉はきょとんとした。「んー女性というのは度胸がいいのか訳がわからない」高杉は笑った。結局父親は「勝手にしろだ」高杉の両親はこの時岩手県で余生を過ごしていた。

 翌日高田と共に市長室に入ると「良く決断してくれた。あなたの住まいは自由党古川地区第1連合だからここからはちょうど誰も出馬していないのでここから出なさい」「わかりました。それで私はとりあえず何をすればよいのでしょう」「とりあえずまだ何もしなくていい。まずは今年中に第1連合の主だった方々を私が説き伏せるからそれまでは残りの青年会の事業をしっかりやってくれ。それと高田さん。OBも含めて若いのをまとめてください」「わかりました」「挨拶廻りが終わったら連絡するからまた市長室に来てくれ」

 それから2週間後の12月16日高杉と高田は再び市長室に呼ばれた。「いやーひと通り廻ったんだがダメだ。あなたの地区は田畑がすっかり入り込ん出てがちがちだ」田畑は現在2期生。地元では今度の選挙でトップ当選させその次は県会議員にチャレンジさせようと言う腹積りだ。私が出馬すれば田畑の票が減る恐れがありとても歓迎できるものではない。「でっどうする。地元の推薦がないと自由党の公認にはならないぞ」「市長いいですよ。一度出ると決めたんだから出ますよ」「そうか。青年会の若いのでがちゃがちゃやれば何とかなるだろう。高田さん頼みますね」「わかりました」この頃の青年会はメンバー150名を超える程の勢いがあった団体だ。市長室を出ると高田から「おまえ勇気あるな。公認じゃなく無所属だとかったるいぞ」「わかってます。まーしょうがないですよ。よろしくお願いします」「しかし市長も結構いい加減だよな。自分からおまえに出ろって言っといてな。地元推薦じゃなくて支部推薦で公認にしてくれればいいのにな。一遍俺と支部長の永井さんとこに頼みに行って見るか」「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 翌日12月17日青年会のその年最後の理事会が行われた。「コバ。今日理事会終わったら中沢と廣川にいつものすし屋に集まってくれと伝えてくれ」高杉は小林をコバと呼ぶ。高杉と小林は家が近所で小林の姉は高杉と同じ歳だ。親同士も仲が良く5歳年下の小林は高杉にとって弟のような存在だ。廣川は青年会の現役歴代理事長。中沢は来年の理事長予定者だ。

 「みなさん一年間ご協力頂きありがとうございました。又、お疲れ様でした。実はみなさんにご報告とお願いがあります。来年4月に行われます市議会議員選挙に出馬することになりました。付いてはみなさんのお力をぜひともお借りしたい。みなさんご承知の通り市長から現役青年会からぜひとも誰か立候補をさせてくれと要請がきていたのは知っていると思います。必死にコバにも当たってもらいましたが残念ながら候補者が見つからず色々市長とも検討した結果、私が立候補することとなりました。何とかご支援お願いします」「どこから出るの。自由党公認」廣川。「いや公認は地元の推薦が出ないので自由党推薦無所属と言う形になります」「それってきつくない」「正直きついと思う。でもみんなのお力添えがあれば頑張れると思う」「いいんじゃないですか我々の底力見せてやりましょうよ」中沢。「そうですね。やりましょう」コバ。

12月20日高杉は高田と共に自由党アポロ支部長永井の自宅に向かった。「永井さん。何とか高杉君に公認出してもらえませんか」「高田さん。そんな公認も推薦も今は変わりないよ。高杉君も若いんだから青年会の仲間を巻き込んでやれば何とかなるよ」結局いい返事をもらえず永井邸を後にした。「仕方ないな。推薦無所属でやるしかないな」「ありがとうございます。もう十分です。精一杯頑張ります」

 しかしながら青年会の仲間は全員選挙の手伝いはしていたが実際に中枢に入り選挙を動かした事がある者は一人もいない。手探りから始めねばならない。諸先輩方の助言を頂きながらの暗中模索の選挙のスタートだ。要の事務局長は廣川だ。

 廣川は1月20日に高杉を応援してくれる青年会のメンバーに選挙に向けて指揮を高めようと居酒屋に集まってもらった。凡そ50人程度が集まり盛り上がったがこれが高田の逆鱗にふれた。「バカヤロー。選挙は青年会の飲み会と違うんだ。今は昔と違い飲み食いに関して警察は異常にうるさいんだ。誰かが1円でも多くお金を払ったら捕まるんだよ。ましてやコンパニオンまで上げてやるとは何考えてんだ。選挙が終わるまで二度とするな」廣川等事務局は目が覚めた。

 さて、高杉本人はと言うと。市長から「とりあえず地元でおまえを応援してくれる人何人でもいいから自宅に呼べ」と言う事で年が明けて平成13年1月8日に近所の方々にお声掛けし5人の方々にお集まり頂いた。そこに中田市長が来て高杉の出馬経緯又、応援依頼を行った。「皆さん。今回私のたってのお願いで高杉さんに本年4月に行われる市会議員選挙に出てもらう事になりました。実は私は前々から彼には目をつけておりました。非常に実直で性格も明るい。何事にも頓着しない所も政治家にはうってつけだと考えております。又、私には一人でも多くの仲間の議員が必要です。何卒今回この高杉君に皆さまのお力をお貸し頂きたい。私も一生懸命応援します。どうぞよろしくお願いします」

 しかし自由党保守王国。特に高杉の地元古川地区はがちがちな保守村体質。周りの目を気にし公認ではない高杉を応援することは村八分を覚悟しなければならない。5人から2人抜け結局地元の応援者はたったの3人となった。そして投票日まではあと3ヶ月しかない。まさに無謀な選挙としか言いようがなかった。

 出馬表明の翌日高杉はいつもの様にご近所の方に「おはようございます」「・・・・」「おはようございます」「・・・・」返事がない。村八分の始まりである。高杉は選挙の恐ろしさを初めて経験すると共に「こいつら絶対目にもの見せてやる」と心に誓った。又、既に選挙戦は始まっているんだなと実感した。自由党が共創党、民生党の票を取れる訳がない。結局敵は保守。敵は自由党同士となる。昨日の友は今日の敵が選挙である。

 そんな中、高杉は地元支援者3名と青年会の仲間と共に選挙戦に突入した。リーフレットの回収、ポスター貼り、支援者の拡大等やることは山積だ。

 ポスターには反逆者の落書き、剥がされたり焼かれたり誹謗中傷、妨害は当たり前。高杉個人のみならず家族への誹謗中傷。地元の支援者も裏切者と謗られる始末である。だが事務所の雰囲気は悪くない。選挙を中心で動かすのは皆未経験だがそれがかえって良かったようだ。諸先輩に聞きながらがむしゃらに活動した。雰囲気は学芸会そのままだ。   皆楽しみながら選挙活動をしているようだ。

 高杉には自分こそが地元っ子と言う自負があった。この町会で生まれ育っている候補者は私一人だ。高杉の町会は昭和38年4月1日設立である。高杉は昭和38年4月10日生まれ。自称町会の長男だ。当時は住宅も少なく沼地の多かった所だが今では凡そ3,000世帯が暮らす大きな町会だ。高杉はまさに町会と共に人生を歩んでいる。だからこそ高杉はまちの人を信じた。「表では応援してくれないがきっと心の中では応援してくれている。必ず投票所では私の名前を書いてくれる」と信じひたすら歩いた。

 だが選挙はそんなに甘くはない。一件一件くまなく訪問した。「こんにちは。今度市会議員に立候補する高杉です。ご挨拶に来ました」時には「本当はあなたを応援してるから頑張ってね」そんな優しい言葉をかけられる時もある。涙が出てくる。そうかと思えば「勝手に出たんだから勝手にやれよ」「おまえなんか知らねーよ」「迷惑だから今からでもいいから降りろよ」家には無言電話等の嫌がらせの電話もかかってくる。朝の駅頭ではやはり「頑張れよ」と声をかけてくれる方もいる。これは本当にうれしくて涙が流れてくる。そうかと思えばわざわざ近づいて来て足元につばをはいていく奴もいる。すれ違いざまに耳元で「死ね」と囁いて行く奴もいる。本当なら追いかけてぶっちめたいところだ。こちらが絶対に何もできないと思っているからこその蛮行だ。卑怯な輩だ。しかし精神的にはやはり応える。選挙と言うのはまさに躁鬱の繰り返しだ。そんな時はローラーだ。兎に角歩いていると気が紛れる。一石二鳥だ。高杉は徹底的に歩いた。その数は25,000件を超えた。そうこうしている内にあっという間に4月18日の告示日を迎えた。

 高杉は出陣式を近所の公園で行った。高杉が公園に着くと「えっ」思った以上に人が集まっている。これには驚いた。「やっぱりね。あなたは地元っ子だから見ていらんなくなっちゃって来たよ」「ありがとうございます」涙が出た。いよいよ出陣式が始まった。高杉の隣には小学校に入学したばかりの息子広樹が必勝の鉢巻をして立っている。「絶対に負けられない」

 実は高杉の息子は言語の発達障害でいじめを危惧した高杉は地元の公立小学校を避け私立の小学校を選んだ。これがまた誹謗中傷のネタにされた。「何で地元の学校にも子どもを入れない奴が市会議員やるんだ。そんな奴はダメだろう」高杉とて本来は地元の学校に入れたかったがやはり息子の事を考えれば私立がベターだと判断した。これは支援者にも苦言を言われたが高杉は息子の事には触れる訳にもいかずひたすら堪えた。この噂は立ち所に広まり高杉はPTA等学校関係の票は無理だなと感じていた。

 青年会のメンバーは市内各所に散らばっている。OBも含めると相当な数だ。それが必死になり奔走した。もはや高杉一人では対応できず高杉が行けない時には代理として妻の麻里が駆り出された。まさに関係者一同一丸となって戦った。そして25日の投票日を迎えた。投票日当日も中田から「まだまだ諦めるな。投票箱が閉まるまで電話をかけろ」の号令だ。高杉は電話をかけ続けた。午後8時。投票は終わった。

 高杉は近所のとんかつ屋で食事をとりながら結果を待っていた。午後10時。廣川から「そろそろ事務所に来れば」との連絡が入る。1回目の開票が午後10時だ。1回目の開票。高杉200票。危ない。10時30分。2回目の開票。高杉1,000票。やはり危ない。皆、緊張している。11時。3回目の開票。高杉2,000票。無理か届かないか。当落予想は2,500票前後と言われている。11時30分。4回目の開票。これが最後か高杉2,500票。「おー」歓声が上がる。残票、他の候補者の動向を見た所廣川がガッツポーズをした。「大丈夫だ。受かった」あちらこちらで万歳が上がる。そこにちょうど中田市長が駆けつけた。「よし。万歳をしよう」廣川が言い。みんなで万歳が始まった。「万歳。万歳」苦労が報われた瞬間だ。「本当に良かった」高杉はホッと胸を撫で下ろした。最終的に高杉の票は2,700票。45人中真ん中より2番目に下だ。「まー新人で自由党系無所属としてはまーまーだ」トップ当選を狙った田畑は5,300票で惜しくも2位。やはり高杉の出馬が影響したのか前回票とほとんど変わらずだ。この結果により田畑支持者からは高杉はやはり煙たがれるようになった。

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