季節商品お取り扱い致します
発注した靴は、約束通り翌々日に入荷した。気を取り直してディスプレイすると、ちゃんと目を引いたらしく、翌日出勤したときに売れてこそいなかったものの、きちんと揃えて置いたはずの箱は乱れ、触った跡があった。鉄は買わないと言ったけれども、まるで反応がないものではないらしい。
そうよね、かっこいいもん。足が蒸れるとか言ったって、編み上げのブーツ履いてる人もいるんだし、活性炭入りの中敷とか入れれば臭くならないと思う。
自分が仕入れて自分が置き場所を決めた靴に、言い聞かせてみたりする。かっこいいんだから、胸張ってなさいよ。必ず気に入ってくれる人がたくさんいるんだから。
そう思いつつ手に取ってくれる人のいない日々に、ついがっかりする。ただし、二階に上がってくる客が増えたことには、美優も気が付かなかった。何故ならば、以前を知らないからである。
「作業服売場は、多少だけど前月より売上金額が伸びてます。まあ今まで誰もいなかったんだから、人が入っても売上が変わりませんじゃ困るけど。来月は自分のお給料分くらいの利益を産めるように、頑張ってください」
まったく期待していない口調で、松浦が朝礼で言う。
「ただ、今月はもう新入社員じゃないので、発注については慎重に考えてください。売れるものを売れる数で仕入れるようにね」
美優は一瞬、頭に血が上る。売れるものを売れる数ってのは、どう判断すれば良いというのだ。在庫もないくせに、そんなものの判断ができるわけないじゃないか。口を開こうとして、思い直した。松浦にそんなことを言っても、まったく無駄である。基本的に作業服売場のことに、興味がないのだ。伊佐治は工具店なのだし、工具の売上だけで店は十分に回っている。だから作業服は単なる付け足しと捉えていても、不思議じゃない。
来客者が増えていることと売り場の数字は、比例しない。ウィンドウショッピングは、女だけの特権ではないのだ。ウィンドウショッピングで見つけたものを、翌週まで検討することは珍しくない。ブティックと作業服売場の大きな違いは、買い逃しても同じモデルの入手が可能なことだ。その分客は気長に考えることができるわけである。ただ「お取り寄せ」をすれば確実に購入しなくてはならなくなるので、よほど気に入ったモデルでなければ言わない。その辺が一階で扱っている工具と違うところだ。工具は無ければ困るから取り寄せるが、着る物を一枚しか持っていない人はいない。
そして着る物であるが故に、季節が関係する。夏にフリースの裏打ちの作業着なんて着る人は、身体のサーモスタットが壊れている人である。首が日焼けする、安全靴が蒸れると鉄は言っていた。それならば対応する商品が必要なのではないか。
腕カバーを入れて置いてくれと言われた気がする。腕カバーと聞いて一昔前に事務の男の人たちがしていた紺の腕抜きを想像してしまっても、美優を責めることはできないだろう。女性の夏の日焼け止め腕カバーはドラッグストアに売っているが、市販の男性用があると知らなくても不思議じゃない。美優の父親がそんなものを使ったことなんてないし、男友達も使ってはいない。
紺色でいいのかな、それとも白?うちのママは花柄のヤツ持ってるけど、あれってホームセンターで買ったんだよね。ホームセンターで売ってるものを作業着屋でなんか買う必要ないのに。
腕抜きを入荷して並べた正にその日、タオルの帽子はないのかと聞きに来た客がいる。
「パイル地の帽子ですか?」
「じゃなくってよお、ヘルメットの中に被るヤツ。まだ入れてないの?いつ入る?」
いつ入るも何も、ヘルメットって頭に直に被るものかと思っていた。
「頭から汗垂れてきちまうんだよ。タオル結んでっと、緩んじゃって。ああ、辰喜知のカタログある?」
靴と靴下と手袋にかまけていて、まだ作業服のほうに手をつけるのは早いと思っていた。どうせ春夏秋冬同じデザインなのだと思っていたから、まず靴をどうにかしてからじっくり考えようと、カタログの前半分を捲っただけだ。
「これよ、これ。辰喜知じゃなくてもいいや。若いヤツの分も買うからまとめて入れてよ。入ったら電話して」
パイル地でできた水泳帽みたいなものに、ヘルメットインナーと記載されている。美優が捲ったときには目にも留まらなかったページは、小物だらけだ。客の電話番号をメモして、頭を下げる。千円足らずの安価なものなので、発注するにしても気楽だ。
客が階段を降りた後に、品番を確認しようと再度ページを開けた美優は、何気なく次のページを見て息を止めた。そこでやっと勘違いに気がついたのだ。
アームカバー、即乾タイプ。てっちゃんが言ってたのは、これのことじゃない?ご家庭園芸用の腕抜きなんて入荷しちゃったよ、どうしよ。入れといたよなんて言って、笑われるとこだったじゃない!
まだ鉄が訪れていないことに安堵しながら、美優は発注書を切った。安価なものばかりでは、松浦の言っていた最低発注金額に届かない。いつの間にか減っている安全靴のサイズを揃えることにして、ほっと一息吐いた。
ついでに他のメーカーのカタログを後ろから捲ってみる。作業服メーカーは作業服と安全靴だけを売っているわけじゃないと、知った。タオルの帽子やアームカバーの他に、カラビナで腰にぶら下げる小物入れ、ベルト、布のバッグ、果ては下着やスポーツタオルまである。つまり、同じブランドで全身統一できちゃうのだ。
もしかして、これって全部私が扱うものなのかしらん。セレクトショップ真っ青の取り扱い品目じゃない? このカタログって春夏号だよね? 深く考えなかったけど、秋冬号ってどんなの?
おそるおそる秋冬号のカタログを、後ろから開いてみる。少々の予想で心構えはしていたが、冬は当然身につける衣料が多いのである。ニット帽とネックウォーマーと顔を覆うマスクが目に入って、ううと唸り声を上げる。
甘く見すぎてた!叔父さんの言うことなんて信用しなければ良かった!
店に入って一ヶ月以上経ってしまっている今、もう逃げ出すことは難しい。少なくとも自分の名前で発注したものが、売れもせずに売り場にあるのである。一ヶ月で赤字を大きくして辞めたなんて、お正月に集まる親戚に言われたくない。話の上手な叔父のことだから、面白おかしくネタにされそうな気がする。
「おーい、みー坊って子、いる? テツに頼まれたんだけど」
階段を上がりながらの声に、我に返った。叔父のほかに自分をみー坊と呼ぶもう一人の人間じゃなくて、それに頼まれたと言っている人間は誰だ。相沢美優と書いてある名札を首から掛けなおし、美優は返事をした。
「相沢です。何かご用事でしょうか」
階段を上りきったその男の正体は、一目で理解できた。シャツの左肩に『早坂』と刺繍が入っていることもそうだが、外見はそんなに似ていないのにイメージが似ているのである。鉄よりも一回り太い首や腕は、年齢だけじゃなくてキャリアの差だろう。
「確かに若いお姉ちゃんだな。腕カバー入ってる? あと、黄色い安全靴だと」
まさか正直に、間違えたものを入れましたなんて言えない。
「安全靴は入ってます。腕カバーは明後日に」
にこやかに答えても、嘘がバレやしないかと気が気じゃない。
鉄の父親は美優が仕入れたアメカジ風の安全靴に目を留めた。
「お、これいいな。今の季節だと白かな。26.5センチ出してよ」
「あ、はい。足を入れてみます?」
鉄が夏には履かないと言ったハイカットを、鉄の父親は履くらしい。
「やっぱり若い子はセンスがいいねえ。下のおっさんたち、カタログ見て取り寄せしても、在庫入れてないし。欲しいから取り寄せるんだから、次からは置いとけっつーの」
美優の父親と年齢は変わらなさそうなのに、言葉遣いが軽い。ハイカットの安全靴で足を曲げ伸ばしした鉄の父親は、満足そうに靴の箱を抱えた。
「テツの安全靴ももらってくわ。みー坊ちゃん、またね」
軽やかに階段を降りていく後姿に、ありがとうございましたと声をかけた。
売れたよ、売れた。私が気に入った靴を気に入った人がいる。
「麦わら帽子はあるかい?」
「畳のサンダル入れてくんないかなあ」
「雨合羽の下だけ欲しいんだけど」
言われるたびに、ヘンな声が出そうである。それは私の守備範囲なんですか。ってか作業着屋って、そんなものまで扱ってるんですか。
店長に質問に行くたび、短くメーカーか卸し問屋の名前を教えられる。美優の手持ちのカタログは付箋紙だらけになり、自分が何のための印をつけたのかも忘れてしまいそうだ。客が少ないのが救いで、これで一号店並みの品揃えをしたら、品出しの時間が足りない。まだどこのメーカーがどのブランドを作り、どこの卸し店が何を得意なのか覚えられない。それさえ頭に入ってしまえば、探すのに時間はかからないはずである。
伊佐治の開店時間は長いが、美優自体は朝九時から夕方六時までの約束だ。店の開いている時間に売り場を後にするのだが、客が本格的に入るのはその時間から閉店までである。だから朝出社して一番にすることは、売り場の中を整えて歩くことだ。売場に店員がいないイコール商品を散らかしても片付ける手がないってことだから、売れもしない作業服が床に投げてあることもあるし、地下足袋の箱が靴下の上に乗っていたりもする。手袋に至ってはサンプルがあるにも拘らず新品を袋から出して、何種類も出したまま床に落としてあるという無法ぶりだ。
プレハブの壁に雨音を感じる。梅雨に入るのかも知れない。店内は蒸し暑い。空調を入れても、開け放したドアからすべて逃げてしまうのだ。買い物客が台車を使うので、自動ドアは却って邪魔だ。階下が少し賑わってきたが、二階には人が来ない。だから普段のペースのままカウンターの中に腰掛け、美優はカタログから注文を受けた商品を拾っていた。
と、複数人の足音がする。慌てて立ち上がってカウンターから出ると、上がってきたのは若い男たちだ。
「おお、人がいる」
「靴、増えてんじゃん」
ダブダブズボンとTシャツ、鉄と似たような服装である。瞬間鉄のほうがカッコいいなと思ったのは、顔やプロポーションの問題だけだろうか。いらっしゃいませと挨拶した美優を綺麗に無視して、安全靴の売り場の前に立つ。
「辰喜知って靴まで出してんだな。俺、買っちゃおっかな」
「高価えよ、どうせ三ヶ月でダメになっちゃうんならイチキュッパで充分だろ」
勝手に話して棚から持ち上げている中に、口を挟めない。安価な靴を手にとって、あーだこーだと話している後ろで待機していると、横に鉄が立っていた。
「あれ、いらっしゃいませ」
「靴濡れちゃってよ、間に合わせに買ってくわ」
そう言って靴の棚に進もうとして、動きが止まった。
「ちょっとそれ、反則じゃねえの? 濡れた靴下で靴試着して、合わなかったらどうすんだよ」
鉄の声が出たのは、先にいた男たちが正に靴を合わせようとしていたところだった。確かに濡れた足跡が、フロアについている。美優には、それが靴の中まで濡れていることと直結しなかった。
声を掛けられた男は鉄の頭から爪先まで眺め落とし、それから素直に靴に足を入れるのを止める。そして棚に靴を戻して、階段に向かった。
―店員が何も言わないんだから、いいじゃねえか。
―いいよ、うるせえから他で買おうぜ。
こそこそとした声が聞こえ、階段を降りていく足音が聞こえた。呆気にとられて、ありがとうございましたと呟く。
「客に舐められてんじゃねえよ、ばぁぁか」
「え、バカって私? 足濡れてるなんて、知らなかったんだもん」
「店員が知らなくたって、普通そんなことしないだろ。その程度の売り場だと思われてんだよ」
そう言いながら、鉄は自分のサイズの靴を探している。
「種類増やせよ。他のヤツと被るの、すっげーやだ」
「カッコつけたって、安全靴じゃない」
美優の答えに、鉄はいささかムッとした顔をした。
「あんたのオヤジ、毎日同じ靴履いて仕事に行くのか?」
そんなはずはない、スーツの色に合わせて靴も変えているはずだ。
「俺らも同じ、トータルコーディネイトってやつしてんだ。他のヤツと同じもん着て顔合わせたくねえの」
美優は改めて鉄の全身を目で捉えた。紺色の立ち襟シャツにシルバーのダブダブズボン、ベルトと靴に黄色を持ってきて、アクセントをつけている。先刻の二人組を見たとき、鉄のほうがカッコいいと確かに思った。
「俺ら、現場の華だからよ。鳶はスタイル」
鳶はスタイル。鉄にはじめて会ったとき、その言葉を聞いた気がする。自分が会社勤めをしていたころ(とはいっても、今も勤めていることに変わりはない)仕事するための服などどうでもいい、なんて思ったことはない。似合うのか似合わないのか、流行から遅れていないか、季節が外れてはいないか――季節? 仕事する服に季節って……
うん、考えてた! 美優はぽんと手を打つ。たとえノースリーブであっても夏にモヘアのニットは着ないし、オールシーズン対応の皮であっても冬にオープントゥのサンダルは履かない。仕事に行って帰るだけの日だって、季節のことくらい無意識に考える。
……おんなじ? 同じなんだろうか。企業のお仕着せの作業着に、夏服と冬服はあったかしら。まだ手をつけていなかったカタログの、作業着のページを開ける。一番厚いアイザックのカタログの、美優が知っていた形の作業着のページを捲った。『通年モデル』そう記載されていて安心した次のページに、半袖の作業着が出ていた。商品の下に書いてあるのは『冬物対応モデル品番』の文字だ。
あるんだね、やっぱり。じゃあ、売り場に堂々とかかっているボア付防寒ジャンパーって何? もしかしてあれは、今あっちゃいけないものなんじゃない?
片付けてしまうと、きっとハンガーがスカスカになる。商品の少ない店でなんて、買い物したくない。仕入れるために予算が必要だが、実績のない今は予算なんてない。手袋と靴下と、揃え始めた安全靴で目いっぱいだ。美優はカウンターの中で溜息を吐いた。
一号店の品揃えと二号店の売り場には、あまりに差がありすぎる。熱田に相談してみようか。伝票を翌月に付けるだけでは、全然足りない。本来なら店長に相談したいところだが、予算のことを持ち出したのは店長その人なので、話し難い。店の中に相談相手がいないってのも、しんどいもんである。
『あはは、そうねえ。じゃあさ、夏物と通年物に分けちゃったら? あ、通年物っていうのは、どっちかっていうと秋冬の厚い生地のものね。通年物の奥にこっそり冬物入れて、嵩増しして見せるの。それで季節品を仕入れる余裕ができたら、ちょっとずつ季節物メインに直してくのはどう?』
なるほど、客もその方が探しやすい。麦わら帽子なんて言われるくらいなんだから、厚い生地のものを新たに求める人の方が少ないに違いない。
『あとね、いきなり定番で揃えようとすると経費が掛かるから、シリーズ決めないで何枚か仕入れて……』
言いかけてから、ちょっと待ってねと話が途切れた。来客であるならば掛け直そうと思って待っていると、叔父に変わった。
『慣れてきたか、みー坊」
能天気な声に、むかっとする。
「熱田さんしか頼る相手がいないんですけど」
『松浦も素人じゃないぞ?』
素人でないことは知っていても、作業服売場そのものに興味がないことも知っている。
「店長は階下したで目一杯です。二階はずっと放置されてたんでしょ?」
『だから、みー坊が盛り返して』
「盛り返す材料がないんですっ!』
アルバイト店員が社長に食って掛かるなんて、普通じゃ考えられない。身内だからこそである。とりあえずメシを食わせるから機嫌を直せ、なんて言われて電話を切る。
程無く、熱田から逆に電話があった。
『美優ちゃん、社長とお昼食べたら、一号店に寄って。ちょっと考えたことがあるから』
一号店の在庫数をもう一度見てくるのも悪くない。季節物をどれくらい置くものなのか、予算は天地でも、参考にできる部分はあるかも知れない。一も二もなく誘いに飛びついて礼を言った。二号店の売り場はまだ、店員がいなくても全然困らないレベルでしか動いていない。
叔父との昼食が済んで一号店の二階に上がっていくと、熱田と話していた年配の男が振り向いた。
「新人さんですか?」
ユニフォームを見て話しかけられ、慌てて頭を下げて自己紹介をする。
「二号店作業服担当の相沢です」
「前山被服の前山です。二号店にも作業服担当が入られたんなら、ご挨拶できて良かった」
うっすらと関西のイントネーションだ。
「社長、二号店には顔出してないんですか?」
ここで熱田が呼びかけているのは、前山に対してだ。
「申し訳ない。関東出張も期間決まってるから、全店はなかなか回れなくてねえ」
多分顔を見せても、担当者不在で相手にされていなかったのだろう。それを忙しさにすり替えるのは、商売人の手腕である。
「前山被服って言われても、ピンとこないでしょ。ブランドは『朱雀』だよ」
そう言われれば、ブランド名は自分の売り場で見たような気がする。
「社長が来るっていうから、二号店の担当も呼んだんです。とりあえず、まず新商品見せてくださいな」
大きなトランク二杯分の商品が、次々広げて説明されていく。熱田は熱心にそれを聞きながら、時々質問や感想を挟んでいく。
その色はナイんじゃないですか?あ、それはラインでもらいます。試しに何色か置こうかな。いやいや、それはウチでは売れないから……ってな感じである。
一通りの説明を聞いた後、熱田は前山の広げたカタログを指差しながら、価格の計算もせずに大雑把に発注していく。美優は原価を計算しながらあとどれくらいの予算、とか考えてるっていうのに。
「これで大体、二十万くらいかしら」
熱田の問いに前山社長が頭の中でしばらく計算して、同意する。二十万と軽く言うが、美優の月予算の半分だ。
「さて、美優ちゃん」
熱田はいきなり美優相手のスタンスになった。
「今見てた中で、いいなあと思ったものはある?」
「へっ?」
余所の店の発注だからと、他人事のように聞いていた。あんなにたくさん発注できていいなあと思っていただけで、商品の内容なんて気にしていなかった。何か答えなくちゃと焦って、面白い色合わせだと思った生地を手に取った。
「これ、お祭りのときに着るものですよね?」
和柄の華やかなシャツは、神輿を担ぐ人が着ていたのを見たことがある。
「鯉口シャツ?彩りにはいいけど、メインの商品は別よね。まだ区別つかないんなら、こっちで決めちゃうね」
「何を、ですか?」
熱田は微笑んで、前山から一枚発注書を受け取った。
「社長、これ別梱包で送って。小細工するから」
数種類のズボンと思しき商品と、シャツ。
「インナーはそっちの経費でどうにかしてね。私にできるのは、ここまで」
熱田はちょっと笑った。
「本店の売り出しが今月末でしょ。今発注したものは、それに充てるもの」
二号店の仕入れを一号店でしてくれたのかと思ったら、違ったらしい。
「売り出しの三日前まで、それを貸すわ。売れた分を客注として仕入れて、同じ数で返して。客注の仕入れは無制限の筈よね?」
意味が掴めずに生返事をすると、熱田は紙を出して説明し始めた。
要するに借りたものを展示して売り、売れてなくなった分を補填して返せと言っているのだ。店舗間の移動の伝票は月末に本部で纏めるので、プラマイをなくしてしまえば無かったも同じだと言う。店のシステムを理解している熱田だから考え付くことだ。
「カタログ見たって、現物がなくちゃ買わないよね。その商品が動くんだって実績見せるのも、けっこう重要。鳶服夏用は適当、ワーク系パンツは二十本セットだから、両方とも可動ハンガーで目立つ場所に置いてPOPつけてごらん。それで動いたものをメインに、来月仕入れるの」
その来月の仕入れの経費は、どこから出るというのだろうか。
「それ全部売っても、十万程度の売上にしかならないのよ。でも新しい商品を入れれば、次に何が入るか確認しに来るお客さんが必ずいる。商品が動いてる実績があれば、多少予算からはみ出ても大目に見てもらえるから、狙いはそこ」
送ってもらう車の中で、美優は気分が奮い立っていた。商品を増やせば、飛ぶように売れるような気さえした。
まあ、現実はそんなに甘くない。
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