第7話模擬戦闘

 領主館の東側の棟。一階から三階の高さと、その棟丸ごとひとつが、騎士や兵たちの訓練施設となっている、と言えばかなりの広さを有する施設だとわかるだろうか。

 武器庫は一階にある。

 武器庫の上が、騎士達の寮になっているという。


「兵士、の方たちは、どちらで寝泊まりする、んですか?」


 武器庫の中は日中だというのに薄暗く、スェマナは宿の、調理場の隣にあった食料庫を思いだしていた。

 ……あそこは、寒くて、暗くて、土臭かった。


「兵士は通いだ」


 シュッ!と空気を裂くような音がしたのでスェマナがそちらを見れば、細い明かりとりから差し込む一条の光の中、キュイールが刃を潰した剣を振って重さや使い心地を確かめていた。


 ……宿に、いたときは。

 宿にいたときは、傷んだ食品を客に提供するわけにはいかないと、宿の調理場の男に言われて、ときどき在庫の整理と確認をさせられた。そして必ず、すえた匂いのする何かを発見することになるのだ。

 ……あれが、人でなくて良かったと、いつも思う。


「武器は決まった?」


 ヤヅァムに声をかけられて、いくつかの武器を選び終わったスェマナはうなずく。ヤヅァムの向こうでは、キュイールが顔を引きつらせていた。


「やっぱり暗殺家業の子だよねっ!?」


 そんなことはない、と思いつつ、スェマナはまた首を傾げた。

 だいたい、なぜこうなったのかもわからない。モシュリの木の実の採取方法の話をしていたような気がするのに、気がつけばスェマナの戦闘能力を確かめるなどという話になっている。


 訓練施設の中では十数人の騎士たちが打ち合いや、筋肉をつけるためであろう運動をしていた。彼らはキュイールの姿を認めると、すぐに壁際に整列して、姿勢を正した。


「あ、うん、こっちは気にしないで。もしかしたら私が負けるかもしれないけど」


 こんな立派な騎士様たちを従えるような人に、あたしが勝てっこないのに。

 スェマナはゆっくりと部屋を見回した。


 ほとんど平らな壁が一階部分を覆っている。

 大きな窓は二階部分からで、天井もまっ平らに見える。暗くなれば誰か魔法の明かりでも灯すのだろう。吊り下げ式の照明器具はない。

 床は衝撃を逃すためかそれとも修理代をけちったか、土……というよりはほとんど砂みたいだ。

 走りにくそうだな、と思ったところで、キュイールと話をしていた騎士のひとりが進み出てきた。


「はじめ!」


 一気にキュイールがスェマナとの距離をつめてくる。スェマナは武器庫から借りたナイフをいくつか投げて、けん制した。


 ああ、この人を獣と思って、刈ればいい。


 そう心に決めた途端に、なんだか心がざわざわする。肌が、ぴりぴりとして、一気に緊張する。


 地面を蹴り、大きく振られた剣を避ける。これは、牙か、それとも爪か。牙なら噛まれたらおしまい。でも仕留められる間合いってこと。爪なら、まだ遠い。


 壁はつるりとして見えたが、それでも少しある、かすかな凹凸を足がかりにしてスェマナは壁をかける。

 観戦体制になったいた騎士たちのどよめくのがわかった。駆けながら今度は、ナイフに似た武器を投げる。


 投げたそれは棒手裏剣だったが、スェマナにとっては初めて見るものだった。ただ、見た目よりも軽くて頑丈でたくさん持てそうだなと思って選んだ物だ。……棒手裏剣はキュイールの剣にはじかれた。


 あの間合いに入っては、ダメ。


 ……地面、壁、とすばしっこく駆けたスェマナが天井近くまで上がったところまではわかった。ほとんど天井から降るように飛びかかってきたスェマナの姿が、ふいに視界から消えた。身構えていたキュイールは一瞬見失い、


 ガッッ!!!!


 キュイールは首に衝撃を受けてよろめいた。

 間髪いれずに足を払われて地面に手をつき、


「そこまで!」


 キュイールの背に馬乗りになったスェマナが、背中と首に、どうやって隠し持っていたのかわからない短剣を二本も突きたてようとしたところで、先ほどの騎士が慌てたような制止の声をあげた。

 スェマナは落ち着いて呼吸を整えるが、そんなに激しい運動をしたという感覚も無かった。


 壁際の騎士たちは、どこか緊張した顔つきで、気をつけの姿勢のままでいる。


「スェマナ、君さ……半端ないね」


 パンパンと服の汚れをはたきながら、キュイールが立つ。


「私の部下になっちゃわない?ヤヅァムと一緒にさ。君、相当強いよ」


 多分ここにいる騎士団の誰も、君には勝てないと思うよ?等と言われたところで、スェマナにはよくわからない。


 どう見ても、あんなに筋骨隆々とした、騎士たちに勝てそうにはないと思いながら、かすめ取るように、無理やり借りる事にした騎士に短剣を返す。


「……え?いつの間に盗られてたんだ!?」


 慌てる騎士の姿があんまりおどけて見えたので、スェマナはくすりと笑った。

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