マグロの味

ガミガミ神

マグロの味



今日は彼女の家で寿司を食べる予定だ。何でも寿司を握ったので食べて欲しいとのこと。


彼女の家に着くと、ダイニングには寿司桶いっぱいのマグロ寿司が並んでいた。


「まさか、マグロだけか?」

「うふふ、張り切っちゃったッ!」


まったく、と頭を掻きむしる。俺の彼女は変なところで夢中になるからな。夢中になったらそれしか見えなくなる。それ以外はどうでもいい、みたいな。


並んだマグロ寿司を一貫掴み、ヒョイと口に放り込んで咀嚼そしゃくする。


その様子を見ていた彼女はコップに注いだお茶を渡してくる。



「マグロの味はどう?」



唐突な質問に思わず素直に答える。


「う、う〜ん、おいしいよ。おいしいけど……、なんか血の気が多くね?」

「……もうちょっと血抜きするべきだったかしら」


おいおい、魚捌くところからやってんのか? すごいこだわりだな。

お茶を飲み、口の中に残ったマグロの血をゆすぐ。



「ねぇ、君。浮気してるでしょ?」



いきなりの話に盛大にお茶を噴き出してしまう。


「わ、な、何を言ってんだ? そ、そんな訳ないだろう?」


しどろもどろになる俺の返答に彼女はほくそ笑む。


「私、見ちゃったんだ。駅前で、君が知らない女とキスするとこ」


証拠も押さえられている。逃げようもない。


「す、すまなかった! 一時の迷いなんだ、俺が愛しているのは君だけだよ!」


正直、苦しい言い訳だった。しかし彼女は満足したように頷いて、寿司桶を抱えて差し出してくる。


「うん、知っているよ。だからはい。食べて」


その行動には狂気じみたものさえ感じた。彼女に言われるがままにマグロを一貫口に運んで咀嚼そしゃくする。しかし、こんな状況では味覚がうまく働かず何も感じない。


俺は恐る恐る口を開く。


「怒ってない、の?」

「うん、だってあんな女でも君のになれるなら幸せだよね」


何を言ってるんだ? 俺のに、なる?


彼女は開いたまま塞がらない俺の口にマグロ寿司を放り込んでニヤリと笑う。





「ねぇ、マグロの味はどう?」




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