第5話 彼と彼女の探偵事務所
「で所長、これいつ終わるんですか・・・?」
「・・・・人が住めるようになるまでかな。」
「どうやったら一人でアパート全体をこんなに散らかすことが出来るんですか。」
「いやほら、いつの間にか物が増えていって次の部屋、また次の部屋って物置に使ってたらいつの間にか・・・ね?」
「ね?、じゃありませんよ!早いこと私の荷物だけでも片付けるスペース作ってもらわないと困ります!」
「笹原君アレだね、なんか言葉遣い荒くなってない? 短気はいけないよコーヒーでも飲む?」
「......」
日も傾きかけて肌寒くなってきた午後5時、深山と笹原はそろって大掃除に追われている。深山が笹原を仕事のパートナーと認めこのボロアパート兼事務所に住むことになったまでは良いのだが、そもそももう一人が住めるスペースなどこの事務所には残されていなかった。
退院してからの二ヶ月どこに住んでたのかと問うと、除隊が決まってからも上官の計らいで二ヶ月は軍の寮に住まわせてもらえたそうだ。そしてその二ヶ月が終わったタイミングで市原からこちらへの異動を誘われたので、仮の宿など探す暇もなく、こうして急ピッチで人が住めるスペースを錬成しているところだった。
ちなみに互いの呼び名だが体裁上ここは探偵事務所になっているので笹原は深山の事を所長と呼び、深山の方は笹原の事を笹原さんとそのままで呼ぼうとしたのだが、それでは何かよそよそしいと言われ笹原君と呼ぶことになった。なんとなく気になったので笹原の下の名前も聞いてみたが教えてくれなかった。
曰く男みたいな名前だから恥ずかしいとのことだ。深山の技術をもってすれば笹原の戸籍情報にハッキングすることなど容易かったが、それは違う気がしたのでこれから時間をかけて問い詰めていくことにした。
「なんですかこの筒? ゴミ? 捨てますよ」
「ああっそれ! こんなところにあったのか! これが無いとオートバイのプラグ交換が出来ないんだよ。見つかってよかった~」
深山は本当に嬉しそうに笹原から鉄の筒を受け取って答える。
「・・・じゃあこれはなんです? 捨てますよ」
「あ! なくしたと思ったZIPPOだ。でももう新しいの買っちゃったよ。しかし君、失せ物を見つけるの上手だね」
「道具は大事にするんじゃなかったんですか・・・私少し心配になってきました」
こんな調子で片付けをしていたものだから何とか笹原が住めるだけのスペースを生みだしたころにはもう午後八時を回っていた。夕食を作る余力など残されておらず(そもそも深山は自炊できない)、近くのレストランで適当に済ませた後それぞれ自室に引き返した。
深山は自室の椅子に腰を下ろして本日起床後一本目の煙草に、彼女が発見したZIPPOを使って火をつける。そして一息ついた後、彼はさっそく今回の仕事の準備を始めた。
彼の部屋は他の部屋と同じくごく普通のレイアウトをしている。部屋の奥の大きな机に椅子が一脚添えてあり、机上にはコンピュータと灰皿が置かれているだけだ。机の周辺以外は今時珍しい紙媒体の書籍が所狭しと積み上げられて塔を形成しており、それは部屋の入り口にまで続いていた。集められている書籍には統一性がなく言語もバラバラだった。
彼は自分のSB端末と机上のコンピュータをリンクさせ、簡単な処理はすべてそちらに任せて意識をネットの海へとむける。
まずはここ二年の間にアメリカのK&C社から超長距離狙撃ライフルAWG209を購入した組織を調べることにした。遡る年数を二年に設定したのはAWG209のメーカーが指定するメンテナンス期限が二年のためである。購入から二年たつとAWG209の使用権限にロックがかかるようにプログラムされており、一度メーカーの認定工場に送って適切な整備をするまで使えなくなる新設設計な兵器だ。
今回使用されたものが初期ロットであればそろそろメンテナンスのタイミングだった。プログラムを書き換えてしまえば延長して使用できるようになるだろうが射撃精度が低下してしまう。そもそも10億の兵器にたかが国内の一反政府組織が手を加えるとも思えなかった。
K&C社の企業イントラネットに潜り込み、販売履歴をさかのぼるとログが見つかった。
「二年で58基も売れているのか。なかなかの人気商品じゃないか。」
さらに詳しく調べていくと購入した組織の数は24で、そのすべてが世界各国の軍であった。
「やはりこのレベルの兵器を配備するには国家の後ろ盾が必要か...。」
しかしいくら高額の兵器と言えども一度実戦に配備され、現場の手に渡るなり、秘密裏に譲渡されたりするとその行方を追うのは困難を極める。それは国際A級のハッカーである彼でも同様だった。時間をかければ特定も可能かもしれないが会談は来週である。やはり現場で実際に会談をハッキングするのが手早い方法に思えたが、今のうちにできる事はやっておきたかった。
K&C社へのハッキングを一旦辞め、市原に電話することにした。通信するデータサイズが大きくなるとそれだけハッキング対策も面倒になるため音声のみである。
「深山だ。金曜までにしてもいらいたいことが3つほどある」
市原はどんな時間に呼び出しても必ず3コール以内に電話には出てくれる。
「いきなりだね、いつもの事だけど。で何かな?」
語調から少し急いでいることを感じたのか、皮肉もそこそこに尋ねた。
「一つ目は西村議員の説得、二つ目は各メディアへに対する情報操作の準備、三つ目は生体アンドロイド一体の準備だ」
彼は矢継ぎ早に告げる。その後も彼は一方的に依頼の詳細を伝え続け、その間市原は一言も喋らずに聞き続けた。
「分かった、あたってみよう。準備が完了し次第連絡するよ」
簡素な返事の後通話は終了した。
その後も彼は移民解放戦線に属していると思われる人物のネット上での行動っを片っ端から追いかけて、ライフルの金の流れに関する情報が落ちてないか調べていったが特に何も得るものはなく夜明けを迎えることとなった。睡眠不足はいい仕事の敵、が信条の彼であったがなぜか今夜は柄にもなく張り切ってしまったようだ。
この疲れた精神でこれ以上調べても芳しい結果は得られそうになかったので、彼はひとまず眠ろうと考えて、コンピュータをスリープさせようとした時に新着の依頼を知らせるメールが届いた。内容を確認した瞬間かなり気が滅入るのを感じたが、ふと思い直して画面に向きなおった。
「まぁ丁度いい、これを利用させてもらおう」
眠気を追い出しどうにか下準備を終えたころには朝日は昇り切ってしまっていた。
今からでも12時まで5時間は眠ることが出来る。
◆ ◆ ◆
こんなにも一日で評価が目まぐるしく入れ替わる人間に会ったのは初めてだったらしく、普段からあまりうじうじと考えない性分の彼女が珍しく物思いにふけっていた。もっとも幼いころから周囲に言われるがまま人生の舵を切ってきたのでそもそも考える必要がなかっただけでもあるのだが、それだけに心中は半ば混乱状態と言っても良かった。
市原課長からは彼の仕事の概要、国内でも指折りの超ウィザード級ハッカーであることと古いものを集めるのが好き、程度の事しか聞いてはいなかった。ウィザード級の頭に超と付いているのは市原が面白がって付けているだけで一般にこのような呼び方はしない。
士官学校ではもちろん情報工学も履修していたし、それなりに良い評価を得ていたがハッカーと言う仕事への理解はほぼ無く、故に相当の変人がボロアパートから出てくるかと思っていたが実際にはそんな事は無かった。
変に達観した人間特有の心の読ませまいとする、俗にいえば捻くれた印象は少し抱いたがそんな人間は士官学校でごまんと見てきている。
かと思えば“道具は大事にする”などとのたまう始末である。もとより使い捨ての道具になるつもりなどなかったのだが、面と向かって言われると些か馴れ馴れしいような気もした。端的に言うと彼との距離感を掴めずにいたのだ。
部屋の片づけが終わってからこっち、ずっとこの思考のループにはまってしまっていたが何はともあれ成すべきことを成すのみ、と思い直して無理やり自分を納得させ床に就くことにした。
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