第4話 彼女の事情
5月3日(月)
彼女は淡々と話し始めた。
「私の家は代々軍人の家系でした。代々と言っても私で三代目ですが、日本に軍が復活した頃に祖父が軍属となり、優秀だった彼は海軍の将官にまで上り詰めました。」
前世紀の中頃から世界各地で内戦が勃発した。周辺の国を巻き込んでやがてそれは紛争となり大国の思惑も絡んで戦争状態になっていったのだ。
その世界の動向に今まで平和憲法を守ってきた日本も抗えず軍隊を復活させることを決意した。もっともその決断は、そうでもしなければ自分たちの身が危ないと判断した国民によるものでもある。
「祖父には3人息子がいてその長男が私の父です。父も祖父同様軍属となり、同じく3人子供をもうけましたがそのすべてが女でした。母は3人目を生んだ直後に亡くなってしまい将官の長男として跡取りを残さなければと思った父は長女である私に幼少期から厳しい訓練を課し、そして海軍士官学校に入れました」
現在女性が軍属になるのは珍しい話ではなかったが、高度化、自動化が進んでいるとはいえ地力を求められる場面も多い軍隊で女性が少佐以上の階級に上りつめる例はほぼ無く、上級軍人一家としては苦渋の選択だっただろう。
「父の期待に応えたい一心で私は士官学校のカリキュラムをこなし、そのかいあってかそれなりに満足のいく成績で士官候補として卒業することが出来ました。父もその成績に満足していました。そして海軍第七艦隊に配属されて暫くした後、航海演習中に、我艦は謎の戦闘機によって特攻を受けました」
この事件は彼も鮮明に覚えていた。2109年太平洋串本沖を航海中の重巡洋艦が最新鋭の戦闘機の特攻を受け沈没したのだ。乗員の半数以上が亡くなる大惨事だった。
前世紀に世界各地で起こっていた内戦や紛争が体裁上は落ち着きを見せて、世界中で休戦停戦ムードが広がっていた矢先に起きた事件だったので、日本だけでなく世界中に衝撃を与えた。しかも日本はその当時、直接的には戦争には関わってはいなかったのだ。
そして何より衝撃的だったのは特攻した戦闘機の所属が日本軍だったことである。その事件の二時間前、横須賀の空軍基地から目的不明のスクランブルが確認されており、破片を回収して調査した結果、日本軍横須賀基地所属の戦闘機であることが判明した。パイロットは即死、遺体の損傷が激しくSB端末の回収も出来なかったためパイロットがどのような状態で特攻したのか不明でいまだに原因がわかっていない。
現在は左翼的思想に取りつかれたパイロットによる特攻として片付けられてはいるが今も調査は続いている。
「その事故で私は両目の視力を失いました。現在は義眼を埋め込んでSB端末によるバックアップを受けていますので日常生活は問題なく送れています。しかし体のほかの部分も負傷をしていましたし何より義眼に慣れるためのリハビリに二年かかってしまいました。つい二ヶ月前に退院したばかりです」
「ブレインマシンインターフェイスの逆利用か。義眼がとらえた光をSB端末で処理して脳に伝えているわけですね。しかし目が見えるのならば軍に復帰されたらよかったのでは?」
彼はここにきてやっと口を開いた。否、開くことが出来たと言った方が適切だ。自らの事を語っているはずなのに彼女の言葉にはおよそ感情と呼べるものが込められていなかったからである。努めてそのように話しているのかもしれないと考えると彼女の話を遮る気になど到底なれなかった。
「病院で過ごした二年の間に、軍にあった私の居場所はなくなっていました。もっとも端末を通してしか目が見えない兵士が居る場所など軍にはなかったのでしょうが」
彼女は自分の首元にあるSB端末を指さしながら自嘲気味な笑顔を作り、そして続けた。
「しかしあの事件の生還者で、私の上官である新堂中佐が昔の友人を頼って仕事を紹介してくださいました。お前の力は燻ぶらせるにはあまりにも惜しいとも言ってくださいました。実家に帰れるはずもなかったので私は喜んでその仕事を頂戴して、そして今ここにいるのです」
昔の友人、恐らく市原の事だろう。
「恐らくこれで貴方が不審に思っていることは説明できたと思います。勘違いしてほしくはないのですが、哀れんでほしくてこの話をしたのではありません。私の事を知ってもらいその上で私の使い方を考えてもらう為です」
彼女は淀みなく、そしてまるで他人の人生を語るように淡々と話し終えた後、さすがに疲れたのか小さく息を吐いた。
この人生のダイジェスト版を聞いたからと言って彼女の事をすべて知った気になれるほど彼は楽観的ではなかった。しかしこれほどまでに自らの感情を押し殺し、ただ成すべき事のみをしてきた彼女を無下にできるほど残酷にもなれなかった。
「あなたの来歴はよくわかりました。まだいろいろと聞きたいことはありますが良いでしょう、今回の依頼、あなたの事も含めて承知しました。しかし話によればあなたは二年間も病院にいたみたいですがそんなことで俺の戦闘要員としての役割を果たせるのですか?」
深山は少し挑発的な、おどけたような口調で彼女に訪ねた。重くなった雰囲気を紛らわせるための彼なりの気遣いなのだろう。
「御心配には及びません、とは言えませんが入院中も体の動く部分のトレーニングは欠かしませんでした。今の状態でも暴漢5人までなら楽に相手できることは保証します」
笹原もそれに応じて好戦的な声音で答える。機械のはずの目には確かに感情が宿っていた。
「勇ましいですね、頼りにしていますよ。それともう一つ、あなたは自分自身を道具だと仮定しているようですが、あなたがそのつもりならばこちらもそのつもりで役割を与えるまでです」
「はい、もちろんそのつもりでお願いします」
「しかし俺はね笹原さん、道具は大事にする性質なんですよ。一度手に入れた道具は何度も手直ししてしつこく使います。そのあたり覚悟しておいてくださいね」
彼女は少し驚いたような、それとも呆れたような顔をしたが直ぐに平静を取り戻して
「ご期待に沿えるよう努力します」
とだけ答えた。若干めんどくさそうな雰囲気もまとわせていたが彼はそれを見ないことにした。
「それはそうと笹原さん、早速ですが手伝ってほしいことがあります」
「はい、なんでしょうか」
彼女はわずかであるが緊張した面持ちで返事をする。
「その、君の部屋を作るにあたって事務所の片づけを手伝ってはくれないでしょうか・・・?」
「・・・・・・はい」
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