4
身体を丸めた。
蒲団をかぶって、朝日から逃れる。
首を動かすと、頭の芯がじんじんとひどく痛んだ。昨晩、飲み過ぎたのか? いやビールをコップに二杯だけだ。風邪でも引いたのだろうか。そんな前触れもなかったし、どこか様子が違っていた。……どちらかといえば乗り物酔いに近い気がする。
蒲団の中でもぞもぞしていると、ガラス戸を叩く音が聞こえた。起きてこない僕の様子をうかがいに、灰田さんが来たのだろうか。
「おい、どうした?」
心配げな口調で、灰田さんは離れに入ってきた。
「頭痛がひどくて……」
僕は何とか上半身を起こしてみたが、あまりの辛さにまた横になった。
「島酔いだな」
灰田さんがそう呟いた。
「ちょっと待っていてくれ。いい薬がある」
灰田さんは離れから出て行くと、すぐにまた戻ってきた。手にしていた焼海苔の缶を枕元に置き、蓋を開ける。その中から百草(もぐさ)のようなものと朱色の煙管を取り出した。
「これで楽になる」
煙管に草を詰め、マッチで火をつける。吸口に唇をつけ、ぱっぱっと吸うと、寝ている僕に握らせた。
「ゆっくり吸い込んでみろ」
「これは何ですか?」
「浮草だ。漢方の万能薬だ」
僕は寝転んだまま頭を横に向けて、何とか煙管をくわえた。喉に力を入れて浮草の煙を吸い込むと、独特の匂いと甘味が内側に広がった。不味いものではない。タバコよりマイルドな印象だった。
「そうやって吸っていれば……じきによくなる」
灰田さんは僕のぎこちない吸い方をしばらく見守っていたが、仕事があるからと言って、また離れから出て行った。
残された僕は、ただひたすら浮草を煙に変えていった。
島酔いと灰田さんは告げた。船酔いなら知っている。波に船が揺られて人が酔う。しかし島酔いとは。……この島特有のものなのか? 考えてもわかるはずもない。
寝床の窓から広い畑が望めた。
赤ん坊の手ぐらいの葉をいくつも広げた背の高い植物が、風にしなやかに揺れている。栽培されているというよりも、どちらかといえば群生しているに近い。瑞々しい緑の隙間をモンシロチョウが飛んでいる。その浮遊感と僕が吐き出す薄紫の煙が、この世界の静物を重力から解き放っていくように感じられた。
頭痛はいつの間にか消えていた。
僕は離れを出て母屋へ行き、エミさんが作り置いてくれた朝食を口にした。黒々とした海苔で包まれたおにぎりと、たくわん三切れ。腹が膨れると、やっと本調子になってきた。
のろのろと離れに戻り、敷きっ放しだった蒲団を上げた。折り畳みの長テーブルを出してきて、その上に創作ノートを広げる。ボールペンを握り、今日の日付を書き込んだ。……いつものように手が止まったが、焦りはなかった。
だんだんと近づいてきている何かを、僕は感じていた。
形こそ見えないが、その存在だけは伝わってくる。それだけで十分だった。しかし、やっぱり何も書かないのは寂しいので、この島に来たときに出会ったウサギを絵にしてみる。ほとんど想像で描いたが、我ながらいい出来だった。満足げにペンを置き、窓際で浮草を吸った。
漠然とした予感があった。もう少し、じっとしていればいい。焦らず、動かず、ただじっと。そうすればきっと求める何かに辿り着ける。
僕は煙管を燻らせながら、無意識を開き、心をゆらゆらと浮遊させた。缶に収められていた浮草が減っていく。気の向くまま吸い続けた。
そうしているうちに時間が過ぎ、外に人の気配を感じて、吸い口から唇を遠ざけた。
時計に目をやると、正午を過ぎている。
「だいぶ楽になったか?」
ガラス戸が勝手に開き、仕事から一旦戻ってきた灰田さんが顔を出した。
「浮草で楽になりました。でも、だいぶ吸ってしまって……」
「気にするな。裏の畑にいくらでもあるからな」
灰田さんは腰を下ろし、僕の煙管に火をつけた。ぷかぷかと煙を吐く。
「灰田さん、島酔いとは何ですか? 船酔いなら知っていますが」
「さあな、ここに来ると誰もがだいたいそうなる。地形的なものなのか、この辺りの空気のせいなのか、よくわからない。……島酔いは二、三日でなくなる。それまでは朝起きぬけに浮草を一服すれば、それでおさまる」
「浮草というものを初めて知りました」
「クワ科の一年草だ。漢方薬として珍重されている。栽培が難しく、ほかの土地ではなかなか育たない。中国のどこかでも採れるらしいが詳しく知らないな」
「……そうですか」
曖昧に僕は頷いた。
「さあて、とりあえず、飯にしよう」
僕たちは連れ立って離れから母屋へ向かった。
「午後から出歩いてみたいのですが。……どこか見るところはないですか?」
「山頂に島亀神社があるが……。小さな石の神体が祭られているだけの珍しくもない神社だが……」
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