水送電車
石井桔梗
水送電車
私の夢は水送電車の受け入れをすることだ。
山手線新宿駅のホーム、23時56分、今日も水送電車は現れる。山手線は終電にかけての日を跨ぐ残業をブチ切って、新宿駅を境に円であることもやめて、水送電車はこれからひとばん使って都心をぬける。2021年にも未だ土地が余っている場所というのがあって、リタイアする電車はそこへ水送となり、水槽にされる。…今日の電車にはご丁寧に魚まで泳いでいる。赤、黄色、青、…烏賊……。
水送電車の中にはたまに水死体が浮き沈みしている。水送電車が現れてからというもの、みんな専ら“飛び込み”自殺をするようになった。不思議とみんな飛び込んだきり、死ぬまで浮かんでこない。らしい。私はその瞬間を見たことはないけれども、悲しみのあまり死体は回収されることなくそのまま浮き沈みしている。
水送電車はそんなこともあって水葬電車とも呼ばれている。電車への弔いの意もある。
なんの過失もなく終電を逃したうちの何人かがホームに残って、彩度の高い魚をぼんやり眺めている。私には飛び込む能力がないので、なんとか老後まで世の中に土地を余らせて、そこに水送電車を受け入れて、優雅に最後の沐浴と洒落込んだ上で、それを正式に私の墓にしてみせるのだ。それが私の恍惚とした夢である。
水送電車 石井桔梗 @hal5300
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます